書く実験の記録

#653 整っていない文章を人間が書く

何かを変えてみたいと思っているけれどもそれは何なのか思いついていない.大きな話ではなくてこの場所の話.というかこの時間の話.

この場所の名前は書く実験の記録という名前にもなっている.だけどそのタイトルも初めはいくつかしっくりとくるものを探して変えていたしそれを変えていい場所だと定義していた.

また書く内容だとか文章の内容というかスタイルだとかあとは書き方とかそういったもの特に書き方の部分だねそれを色々変えてみたりしていた.

ただその中で一貫して守っていたのは買えなかったのは自分で書いているということである.当たり前だろうと思われるかもしれないがまあ今だといくつかやり方があるだろう.

今だというか今でなくてもクオリティの問題であって昔からできたような気もする.気もするというのはおかしいな昔から何かはできた.

まあつまりランダムな単語を連ねるとかマルコフ連鎖を使うとかその分野にあまり詳しくないのでもっと色々あるだろうが例えば少なくともそのような方法はパッとある.

つまり何を言いたいのかというと 今で言えば 例えば LLMに書かせればいい.それも一つの実験としては全然いいんだけれどもなんとなく根底にあって変えていない部分っていうのは残念なのかっていうときっとそれなのかなと思っていて.

つまり今や短時間で整った文章を書くAI があるわけだけれども整っているか整っていないかというのは整っている方がいいということになるのが一般的だけれども逆に整えるということのコストは非常に下がってそして整っている方が良いとされている中で当然まあみんな読みやすい方がいいだろうしそのことには普段は全く完全に同意なんだけれどもインターネットの片隅にその大規模言語モデルが普及した後の時代にもなお人間が書いた文章というものを整えていない文章というものをそういう生の文章というものを少しでも残してみたかったということかもしれない.

テクノロジーを使った実験というのは色々ありえるんだけどもその少なくとも自分が書くというところだけは変えていなくてただそれによってまあ他に色々試せていないことというのはあるしそうは言ってもそのコンセプト一番最初のそのコンセプトというか初めから強く思っていたわけではないんだけれどもいくつかの変化を減ってそれでもなおその都度それを選ばなかったつまりアウトプット自体を自分が行うということをやめなかったというのはおそらくそこには意味があってこの場所はそういうコンセプトを持っているんだと思う.

2025-04-11

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