書く実験の記録

#658 作ることとアイデアの重複

今日はこれは新しい音声入力ツールを試しに使ってみている。 使いやすいかどうかはケースバイケースな気がするが、苦闘点がしっかり入るのはいい感じだ。 そう言いながらいきなりご返還しているけれども。

AIがこれだけいろいろなことができるようになっているという驚きに満ちた発表がたくさんある中で、またこのような初歩的な変換ができないというのはなかなか驚きである。 これはこのツールが内部で使っているモデルが何なのかわからないのでそこについては何とも言えないけれども。

最良の音声入力とは何だろうか。 結局、もちろん究極の最高というものはないし、あるとしてもわからないけれども、少なくとも現時点における最良というものは何だろうか。 基本的に私は音声入力を大変推進している。

入力スピードが明らかに違うし悪くない。 基本的に仕事の密度とスピードはどんどん上がっていくし上げざるを得ないので、単位時間あたりの入出力のスピードを上げることに越したことはない。 単純に非常に単純なことで、それだけで時間効率は上がるから。

そういう意味では、このツールはなかなか良い。少なくとも、苦闘点がちゃんと入ってくれるので悪くない。 と言いながら相変わらず変換を間違っているけれども

これは外国語によっても国の言葉によっても違うだろうが、あまりこういう変換などの問題に悩まされない国の言語というのはあるだろう。 当然、漢字変換というものがない国というのは当然あるわけだけれども、そうだとしても、ほぼ同じもしくは全く同じ発音でつづりが違う2つの単語があるということもあるはずだと思います。

ちなみに、今この音声入力のツールをオンにして何も喋らずに、そしてオフにすると勝手に何かの言葉が入るつまり、これは幻聴みたいなものだと考えると、これは結構面白い。

面白い と 思う 面interestingとは思うが、作品のテーマとしてはすでにそういうことをやっている人もいるのでやや暇となっては弱いだろう。

しかしよく考えてみると、そもそも新しさとは何なんだろうか、なぜ新しさが必要なんだろうか。 例えばみんなあると思うけれども自分としては面白いアイデアを思いついて、これは自分自身も作りたいし、アイデアとしても悪くないと思う。きっと出来上がったら面白いだろうと思って、テンションが上がる。

しかし、ネットで検索してみると、既に類似の着想であるとか、もしくは何か同じようなものを作っている人、完全に同じなこともあるし、部分的に同じなだけだから、重要な部分が被っているとか、何かとにかくアイデアの重複みたいなものはあり得る。

そして、そのようなものがインターネットが生まれてしまった後、そしてツイッターなどのSNSが生まれてしまった後なおさらだが、世界中のそういったアイディアが一瞬で可視化されてしまう。

そして、それによってすでにやられているのであれば、これは作らない方がいいよねというような判断をしてしまう。 けれども、そのような判断が本当に正しいのかというのは、私はいつも常に悩んでいるところだろう。

そもそも新しさなどもはや存在しないというふうに諦めて普通に自分が作りたいものを作ればいいのではないかもちろん作ったからといってそれがお金になったり仕事になったり何か外部からの評価としての成果に結びつくかどうかは全く別の問題だけれども。

少なくとも自己満足として作っていけばいいのではないかという気もするしそもそももはや 究極的に言えば自己満足もちろんこれは他人に迷惑をかけたり他人を傷つけたりしないという前提ですけれども自己満足というものがどんどん大事な時代になっているのではないかとバックセントだと思うしかしここのロジックについては現状まだ説明できていないように思う 。

また、そもそも作ることは入り口その着想によって作り始めるということは、あくまで入り口であって、その先に結局何かいろいろやっているうちに、違うものにたどり着いてしまう、いいい意味でも悪い意味でも違うものにたどり着くということがあって、そこにこそ実際に作ってみるということの面白さがあるように思っているから、やはり、始まりの時点でアイデアの重複というものはあまり気にしなくてもいいのかもしれないと思いながら、そうは言っても、やはり、何というか、作りたいものすべてを作れる無限の時間があるわけではないので、ある程度取捨選択はしてしまうし、取捨選択をせざるを得ない部分はあるから、そこは悩ましいことである。むしろ、何らかの方法によって、それを作ることができる。同時多発的に思いついたものをすべて作ってしまうのがいいのかもしれない。

2025-04-17

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