書く実験の記録

#677 AIが便利なのはカニバっているから

最近はそもそも キーボード入力自体が面倒になってきて なんでもかんでも音声入力で済ませたい そうはいっても じゃあ音声の会話ですべてを済ませていいのか? というと全然そうは思わない なんなら面倒くさい。

なぜならば 今まで音声だけを押してしまうと 記録が残っていないし残らない そういう意味では困ることはある なんかこの音声入力の仕組みがちょっと変わったんだろうか 前と変換がちょっと違う気がする 句読点が入らなくなったな。何でだ? そう言っていたら入ったので、まあそんなもんだ

AIを使って何かそれが便利だなと思っている人というのはまさに自分がやっていた作業みたいなものがそことカニバっている人であって、AIが便利だなと思っていない人というのはもちろんそれはまだそれを知らないとか使っていないという人を除けば 実際に使ってみて便利ではないと思った人については、 きちんと作業ができる場合であればそれはその人自身の作業技巧の問題でありAIにガニバっていないということになるだろう

「AIは便利だな」と思うのは危険なサインであると同時に なんというか まあそうはいっても危険なサインに気づくことができた、ということでいうと悪くはなくて そして試さないとそれに気づくことはできないから 試した上で(危険なサインに気づくことができた) そこがカニバっているなってことに気づいて、そしてそれをAIないしAIを使える人に任せて自分はそうではない部分に集中するというのはまあいいことだろう

大工さん という人がいたとして まあいるんだけども 大工がいたとして その人は別に 現在のAIに対して便利だなとは思わないはずだ えーと、いやいや事務作業の部分とか、いろいろな部分で恩恵はあるという話はあるけれども あ、何て言うんだろうその主な作業の部分、一番コアとなる物理的な作業の部分においてはまだ恩恵はないはずで、それ以外の部分はつまり任せることができるわけだから そうではない任せられない部分に集中することができるということになる

そういう意味で言うと、 しかし、そもそも「ではすべてAIが任せられる人に任せればいいのではないか」つまり「何でも人に任せればいいのではないか」ということになってしまうが、それはそれで難しいところで、つまり物事に対しての解像度が下がってしまう。

と思う一方で、知らないということ、そして解像度が高くないがゆえにより抽象的な思考ができることもあると思っていて、その抽象的な思考を全力で広い範囲でやったとしたら、それはそれで意味がある思考をする人もいるだろう。 もちろん解像度が低いがゆえに、そしてその低い解像度で狭い範囲にとどまる場合はあまり意味がないことをしてしまうことも多いので、解像度が低いということを必ずしも擁護するものではないし、解像度が低いなりに意味がある思考をする人もいるだろう。 同じピクセル数を使い切るために、より広大な範囲に取り組むということをすると、そこに意味が生まれるのではないか、ということかもしれない

だから、意図して解像度を上げない。 ここでいう「解像度」という言葉はもはやぐちゃぐちゃになっているが、 意図して細かいところ(細部)というものを理解することに時間やリソースを割かない。 ということも戦略としてはもはやあるのかもしれない。

2025-05-09

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