書く実験の記録

#674 パラレルな歴史観

Xを見てみると、気が滅入るようなニュースが多い。まあ、ニュースというか、気が滅入るようなポストが多いように思う。

「Hey Siri、タイマーを5分」──タイマーをかけ忘れていた。

最近、ガンダムの初代のアニメを見返し始めた。見たことがあるような気がするが、断言できるほどしっかり記憶に残っていない。大まかに覚えてはいるものの、どういう話だったかということを、事細かに──出ないにしろ──何というか、オタク的な楽しみ方をするほどには覚えていないというのが現状だ。

まあ、一回さらっと見たところで、なかなか集中して見るわけではないし、何かをしながらとりあえず流す、みたいなことになるわけなので、それで覚えられるとも思っているわけではないし、それで十分にオタク的な楽しみ方ができると思っているわけでもない。

けれども、しかしまあ、こう言ってはなんだが、見ないよりはマシというか、ある種、雑にコンテンツというものを消費して、雑に咀嚼して、雑に飲み込んでいるという自覚はある。けれども、まあエンターテインメントだし、やはり見ないよりはマシだと思っている。

そして、もちろんこの原因は何かというと、現在やっている最新のガンダムのアニメの影響で、「そういえば見返してみようか」と思った口である。今回の最新のガンダムは、そういうふうに作られていて、そういう気持ちになるように作られていて、おそらく初めて興味を持って見ている人や、見たことはあるけれども見返している人とか、そういう人はたくさんいると思う。

そういうデータが浮かび上がってきたら面白いなあと思っていて、気になっている。つまり引用ということだよね。過去を引用して最新作を作ることによって、別に過去を見ないと楽しめないものになっているわけでは全然なくて、きちんと全然知らなくても楽しめるものにはなっている。

けれども、興味を持たせて、それを調べたくなる、見てみたくなるというのは、例えば歴史とかをやっていると、どんどん前の時間が、前の時代が気になったりして、どんどん遡っていったりとか、もう一度原始時代から順を追って時代を知っていきたかったりとかするわけだ。

しかし、この「歴史」ということに関して言うと、なかなかそう一筋縄ではいかなくて、まあ、ある地域の歴史を知る──例えば日本という国の歴史を知る──ということであれば、それはまあいろんなものがあるんだけれども、ある程度一つのタイムラインにはあるわけだ。

が、しかし、この発言もまた、ある種のバイアスにとらわれている気がしていて、グローバルヒストリーみたいなものがある種、その同時多発的に、本来は世界中でさまざまな歴史が並行してあるにもかかわらず、例えばアートヒストリーなんかは一つの流れみたいなものが、長いことそういう一つの価値観、一つの流れ、一つの視点で語られてきて、近年は「まあそういうのは良くないよね」って言って、歴史観というものを学ぶ。

まずは学ぶし、その「まずは最初はそれを学ぶ」、でないと難しすぎるので、まずはそれを学ぶということでいいのだけれども、しかし、そこには線形の歴史があるわけではなくて、もっと複雑な、もっと多様なものがある。

ただ、しかし、一切関わりがない地域というものは少ないと思うので、つまり、独立した、全く影響のない、栄光のパラレルな歴史というものが、そこにあるのかないのか、という話なのかもしれないという気がする。

2025-05-26

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