書く実験の記録

#732 夢想することと作ること

未来のことは分からない。まあ、それは当たり前だ。未来だからね。もちろん今これを入力している1秒後、何が起きているか、自分は何をしてるかはだいたい理解ができる、予測ができる。

多分それは大きく外れることはないだろう。しかし、それも所詮「多分」であって100%ではないし、突然何か起きる可能性はある。

それは1秒だから、まあ限られた振れ幅のことがほとんどであって、それ以上大きなことというのは……まあ、例えば今これを入力してる1秒後に私が突然遠くにいることはないだろうし、自分の意志で行っていることに関しても、1秒後も相変わらずこれを入力しているだろう。

だから、自分の意思によってなんとかなることもそうだし、できないこともそうだし、もしくは自分の意志ではなんとかならないことも、自分がもちろん認知している範囲についてだけれども、ある程度予測の範囲内に収まる可能性が高いとは思う。

ブラックスワンと呼ばれるような大きな予測できない破壊的な現象というものは、長期的には起きる可能性があるけれども、短期的にはもちろん起きる可能性はあるけれども、その可能性はかなりより低くなっている。

しかし、何の話をしようとしたのか忘れてしまったが、何だろうな……思い出した。そうだなぁ、「ものを提示する」「未来のビジョン」みたいなものを提示するというのは、かなり予測ができないことだというか、もちろん予測はしようとみんな努力はしているんだけれども、そこにはやっぱりたくさんの不確実性があるし、なんなら……何だろうな……必ず一定の無責任さであるとか、楽観的なところ、楽観主義みたいなものが必要だと思う。

そして、そんな楽観主義がゼロであったり、不確実なところがゼロである、そんなビジョンはおそらく存在しない。で、それはもはや現実になっているというか、それは多分「現在」の話だ。現在の話をしても、それはビジョンではないということになるだろう。だって今まさにすでにある現実だからね。

しかし、もう少し先の話だとしても、まだ現実的に必ずできる、論理的に必ずそれができると言えるような、そう思えるようなものも、また何かビジョンとしては弱いのではないかと思っていて、そうすると、根本的にエンジニアリングであるとかエンジニアのプレゼンスというものと、ビジョンというものを語るというのは、根本的に組み合わせが悪いのではないかと思うことがあった。

2025-08-30

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