#736 腹が立つ理由、立たない理由

相手に失望したり腹が立ったりするのは、その間に希望を抱いているから、つまり相手に期待をしているからであるという話はよくある。実際、私もそんなふうに相手に失望してしまうことはよくあったし、今でもやっぱりある。
しかし、不思議なことに全く腹が立たない場合もあれば、自分でもやや困惑してしまうぐらいに、そのことに腹を立ててしまうことというのもある。この違いは何にあるんだろうか。
起きた事柄がすべて一緒ということはありえないんだけれども、自分で考えてみて、まあ似たようなシチュエーションであったり、似たような重要度であったり、似たようなダメージであるとか、そういったものがあるということはある。
しかし、なぜか片方では本当に全然腹が立たずににこやかに対応ができたということに対して、もう片方の方は、ついつい抑えていても後から思えば少しチクリとするような嫌なニュアンスを捉えられてしまいかねないような言葉遣いをしてしまったな、言葉選びをしてしまったなということもあれば、直接的に問題を提起するというか、そのことを指摘してしまうようなこともある。
そのことを本当に問題であれば、シンプルに素直にストレートに指摘してあげる方がいい場合もあるし、もしくはそれは指摘する、あるいはダメ出しをするということよりは、どちらかといえばまず「どうしてそうなったんですか」ということを聞きたい場合もあるだろう。
しかし、例えばある時間にミーティングをするという約束があったとして、相手がそのことを忘れていたとする。そういうことは人生でも何度かはあるし、そして正直言って自分がそれをやってしまったこともある。自分がそれをやってしまったことがあるわけだから、いかなる事情が相手にあったとしても責める権利はないというつもりは別にないんだけれども、自分でもさすがにそうは思っていないんだけども。
しかし、それができなかった時、つまりうっかりミーティングを忘れてしまった時の場合の理由みたいなものは、少なくとも自分のケースでは覚えているわけで、たまたまね覚えていたわけで。そうすると、まあ何かしら理由がある。それが「うっかり忘れていた」ということも含めて、何かしらそこには理由があると思うと、穏便に対応できたりもする。
一番最初にお世話になった会社で、出張に行くはずが寝坊してしまったこともあった。その当時は本当に新卒の社会人になりたてだったから、上司ともちろん一緒の出張だったし、はっきり言って何の責任もないというか、そんな新卒で入ってすぐの人が責任を持った立場になるわけもないし、なれるわけもなく。逆に言えば、ミーティングには行ってもいなくても特に問題はないわけで。
しかし自分としてはやっぱり大きな失敗として記憶に残っていて、なんならとても準備万端にしていたにもかかわらず、うっかり寝坊してしまったみたいなこともあり、「まあそういうこともあるよね」という気持ちになったりはする。
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