#757 使いづらさに気づかない

何かを使ってみた時に、「なんか微妙に使いづらいなあ」と思うことは、当然みんなあると思うし、自分もある。まさに今朝そういうことがあって、新しく使い始めた家電があったのだけれども、「これ本当に使ったことあるのかな」というか、「開発者はこれ本当に使ったことあるのかな」と思うような気持ちになる場合というものがある。
それは、自分が特殊なケースにいきなり初めからハマってしまっているという場合もあるし、まあそうでもない場合もある。前者の場合は「まあそうなのかな」と思いながらも、例えば100回使って初めて出会ったケースであれば、「なるほど、これはそういうレアな何か現象が起きてしまったのかな」とか比較ができる。普段こういうことをしていて、こういう操作をしていて、こういう挙動をしているけれども、今回はどういうことをしてしまって、その差分がどこにあって何が違ったんだろうと考えることができる。その100回に1回のエラーみたいなものが、なぜ起きたのかということを考えることができる。
しかし、1回目からそれが起きてしまうと比較することはできないから、自分の操作の何が問題だったのかということを分かることができない。そんなエラーみたいなものがある。
例えば、すごく昔のことをふと思い出したが、新しく買った Windows の PC をセットアップしている時に、そのセットアップウィザードの中でフリーズした、みたいなことがあった。そのもちろん、ユーザーの操作、つまり私の操作に何か問題があった可能性はあるのだけれども、しかし Windows のセットアップをしたことがある人ならわかるように、何か誤操作をする、間違った操作をする余地というものはかなり少ない。私も特別に特殊なことを意図してやったわけではなく、あくまでも普通にセットアップを進めていた。画面の指示に従ってセットアップを進めていただけなので、私個人としては、あれは自分の操作に問題はなかったと思っているし、「一体何なんだろう」と未だに思っているわけだ。
そしてその時は、結局その開始数分でいきなりフリーズした OS が役に立たないので、起動用のディスクを持ち出してきて起動して、もう一度 OS の再インストールになったか、押したんだったかちょっと忘れたけれど、なんかそんな気がする。
最近はそんなひどいことというのはあまりないけれども、やっぱり普段使っているもので「ちょっと使ってみたらわかるだろう」というような使いづらさが残っているものというのは、やっぱりあると思っている。しかし、それはもちろん自分自身が何かを作った時に、自分自身がそういうものを作ってしまわないかどうかということは全く別の問題で、それはすごく気をつけなくてはいけないし、そして気をつけても気づけないことというものはある。
びっくりすることに、気づいた後になってみると「なぜこのことに気づけなかったんだろう」というような簡単なこと、つまり目立っていることというものはあって、人間が無意識に除外しているもの、つまり見ていたり感じていたりしているはずだけれども、それが意識されるところまで上がらずに記憶にも残らない。しかし、明らかに目の前にはあるというようなことは多々ある。
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