#765 ながれるものとながされるもの

人々の時間を奪い合うこの時代において、例えば TikTok であったり、インスタグラムのリールであったり、もしくは YouTube のショート動画であったり、他にもいろいろあるわけだけれども、手を離してずっと置いてあっても自動的に流れていくようなもの――Instagram のストーリーズなんかはそうだよね。そういうものと、実際に自分でスクロールしていくもの、どちらが良くてどのような違いがあるのか。つまり、どのような違いがあるのかというと、どのように結果の違いがあるのか。
例えば、どちらがよく見られたり、どちらがより好意的な反応を引き出すことができるのか、覚えてもらったり、お気に入りに入れてもらったり、いいねをしてもらったり、そういったものがどちらが多いのかということについては、私は SNS にそこまで詳しくないということもあり、まあ調べたらわかるんだけれども、今調べていないのでそこまではパッと何も調べずにはわからない。
しかし、その些細な違いというものを一旦ないものとして、とにかくまとめてしまって、そのいずれかの方法によってずっと見てしまうようなコンテンツ――それは動画でなければ、Twitter がまさにそうで、そうは言っても Twitter はカード型ではないから、カードに追われていて、つまり一つの画面に一つのツイートが出て……いや、今は「ポスト」というのかな。サービス名も Twitter ではなくて X だし、コンテンツの一つの単位の名前も「ツイート」ではなくて「ポスト」になったわけだけれども。まあとにかく、そういったものはある時に、しかし今の時間をあまりにも奪いすぎているということに社会全体が気づきつつある。
そういう時に、各社がいろいろな制限を設けたりするわけだけれども、そもそも自分たちの利益になるようにそういう仕組みを作っているわけであって、もはやそれを売っているわけではなく、それ自体が何かサービスではないかなというのは間違いかな。一応無料のサービスではあるもんね。
とにかくそのことと、最近の OpenAI が出した「空」というアプリのインターフェースのことを、やはり思ってしまうわけである。「空」のアプリは AI で動画を作るという機能と、閲覧するという機能があって、作ることももちろん楽しいんだけれども、人によっては見るだけで楽しい人もいるだろうし、そして実写の動画などより圧倒的に自由度は高く、様々なバリエーションがあって、非現実的なことも発生させることができる。必要なものはプロンプトのテキストだけ。
人々の興味・関心を惹くことができる動画はどういうものであるかということを、どんどんデータが集めていって、もちろんそれを作るためのプロンプトのデータも集まっていって、だからそういったものから学習したデータで AI 自身が自動的に作った動画というものが徐々に混ぜられていった時に、それがどんなふうな数字を獲得するのかというものは気になるところだ。すでに混ざっているのかもしれないし、混ざっていないのかもしれないけれども。
まあそうは言っても、少なくとも今はそこから何か収益を得ているわけではない。OpenAI 自身もそこから収益を得ているわけではないし、人々もユーザーもそこから収益を得ているわけではない。だからまあ、ある意味で究極的にホビーユーザーによって支えられているし、今は別にそういう人たちの楽しみを奪う必要はない。
けれども、そのように人々の興味・関心を惹くような動画を作ることができるモデルを構築できた時に、ではそれは何に活用すると良いのかということになるだろう。
コメントを残す