書く実験の記録

#769 AIとインターフェースのカンブリア紀

最近、新しいAI エージェント付きのブラウザを触ってみた。 けれども、まあまだそれをメインとして使うかというと、ちょっとそうではないが、なかなか面白いものであった。 今までだと「ちょっとめんどくさいな」と思っていたことができる感じはした。

過去にもその ChatGPT の方で、例えば「エージェントモード」というものがあって、それを立ち上げて、そこで何かこう指示をすると、内部でブラウザが立ち上がってそれを操作してくれて、ログインなどが必要な時はこちらに操作が渡されて――というような機能はあった。

だけど、入り口はエージェントとの会話というところから入っている。

一方で、まだまだ我々の日常生活は「検索」というものから入ることが多くて、Google で何かを検索するとか、Google マップで何かを検索したりする。

そういう時に横に AI がいて、いろんな行為をする時に「ちょっとこれやっといて」っていう風に頼めて、そこからどこかへ引き継げるようなこと――つまりずっと画面も見ていて文脈もわかるようなことがあると、普通に人間で想像すると、そういうことをお願いできたらすごくありがたいわけだ。

だから、機能的には何かと一緒だったとしても、「できること」や「したいこと」が同じでも、その経路が違うとか導入のしやすさみたいなところで、少し違う部分はあるのかなという風に感じた。

他のいろいろな会社からもエージェント付きのブラウザというものは出つつある。

「いろいろな」と言っても今のところ二つしか知らないけれども、他にも知らないけれどたくさん出ているのかなと思っている。

もちろんまだまだ割と複雑なものであるし、新しいもの好きしか使わないような感じはするが、まさに今、様々なインターフェース、様々な使い方が模索されているのだなという感じがする。

技術のフェーズにおいて、こんな風に様々な人が様々な使い方を模索する――インターフェースが模索されるフェーズというものは面白い。

インターネットというものもそうだったし、スマートフォンというものもそうだった。

使い方に幅があるものは、とにかく「どう使えばいいか」「どう使うと人間も使いやすいのか」「どういうことに使えるのか」ということが模索されている時というのは、まさにカンブリア紀の生物の種類が爆発的に増えた時期のようだ。

(確かそう習ったけど、今でもその学説が正しいのかはちょっとわからない。)

そういう――いわゆる生物の種類が爆発的に増えるような時のように、何かのタイミングで様々な用途開発やインターフェース開発が試されて、その中ではもちろん様々なことが試されるわけだから、そのほとんどは消え去っていく。

けれども、そのような多くの人間による多発的な試行錯誤みたいなものが、より良いものを生み出しているという感じは、なかなかクローズな技術には生まれ得ない良さであるなと思っている。

もちろん、オープンであるがゆえに様々な人がそれをやろうとするがゆえの問題というものもあって、クローズさが悪いわけではないんだけどね。

2025-10-23

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