書く実験の記録

#793 くだらないものがわかるとき

布団が吹っ飛んだみたいなものは、いわゆるダジャレだとか親父ギャグだとか言われている。ダジャレというのは、まあくだらない洒落ということになるだろうし、親父ギャグというものは、その「親父」というものにどんなニュアンスが含まれているのかというところに議論は必要かもしれないが、こちらもまた一般的にはくだらないギャグである、しょうもないギャグであるというようなニュアンスを持っているものだろう。

しかし、この間何かで読んだところによると、ダジャレを理解させることで――理解することで、学習することで――他のダジャレとは言われていない逆的なものであるとか、他の文化圏のものであるとか、そういうものが理解できるように大規模言語モデルがそういうふうになったというようにも言われていて、というようなことを書いてしまっている。しかしこれは「どこかで読んだんだけれども」という、真偽不明の情報ということになるだろう。

こういうものが例えばインターネット上に流れることによって、つまり出典不明の情報が――もちろんこれは全く嘘八百を言おうとしているわけではなく、確かに以前そういう実験結果が報告されたというような記事を読んだのだが――具体的にどの文献かをぱっと出せるわけではないし、具体的にどんなページだったのかをぱっと出せるわけではないし、それにその覚えている内容というものも、本当に覚えているものが正しかったのか定かではないまま出来上がっていくのだろう。

2025-12-05

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