#803 継続

この文章をどこに投稿するのか、どこにポストするのか迷って、1つはサブスタックに投稿していて、もう1つは自分で取ったドメインのワードプレスに入れている。
それは非常に簡素なデザインとレイアウトにしている。そういった無骨さ、飾らなさみたいなものに引かれていた時期もある。まあ今もそれは続いているかもしれないですね。例えば、なんでもないテプラの文字みたいな、そういったものに魅力を感じてしまう。感じてしまうと言うとネガティブ、もしくはネガティブだと私が感じているという風な表現になってしまっているけれども、別にそんなことはなくて、全然ポジティブというか、少なくともフラットには感じている。
ところで、少しずつ毎日やっていると、ある時ふと突然、今までずっとわからなかったことがわかるようになることがあって、それはとても嬉しいものだ。それは何か特別な、すごく大きなことではないようなことだとしても、何かがわかる、何かが解決する。そしてそれは何だろうな、自分の積み重ねというか、ある時の気づき、その試行錯誤によって気づくことがあるというのは嬉しい。もちろん、それはそんな苦労せずに初めから理解ができていれば、それはそれで嬉しいんだけれども、何だろうな、少し別の感覚というか、別のもののような気がする。
例えば、すごく些細なものの例として、最近すっきりしたものがあった。私はさっき言ったように、これをサブスタックに投稿してるんだけれども、時々サブスタックの文章のタイトルではなくて、本文の下の、じゃないな、本文の要約みたいなものが一覧に表示されるわけなんだよね。ただ、その要約が表示される時とされない時があって、これは一体どういったことなんだろうと思っていた節があるんだけれども、まあ、もっと早く気づけるということではあるのだが、昨日だか一昨日だかに気づいたことがある。つまり、英語であればスペースで区切られているので、ある文字の分量のところで切られるわけなんだけれども、その単語でね、ちょうど一旦この数のところで切られるわけなんだけれども、まあ、よくある日本語の問題だよね。
それで、文字数がオーバーしてしまった時に、その切りどころがわからなくて、そのまま省略されてしまう。その結果、その要約全体が省略されてしまうという状態になっていることが分かった。だから、それに気づいてから、少し適切なところで改行を入れて、つまりコンピューターがそこで区切ることができるような分量にしてあげる。もしくは、もし溢れているものがまだあれば、それを少し調整して改行を入れてあげるということによって、それを解消することができた。
これは別に、何か僕の人生に大きな影響を与えるものではないし、誰かがすごくハッピーになるわけでもない。非常に些細な、非常に非常に些細なことだけれども、そういったことに気づけた喜びみたいなものはある。これがまさに、継続的な試行錯誤によってもたらされるもので、そういった、まあこれは非常に分かりやすく言いやすく、そして小さく些細な事例ではあるけれども、もっと大きな何か、もっと喜ばしい何かというものにも、その巡り合う部分っていうものはあると思っている。そういった巡り合いをしたくて、私は何かをしているのかもしれない。
何かが生まれるわけではないと思う。継続というものをもてはやす頂点もあるし、風潮というものはあるし、自分自身も別にそれを否定するつもりはない。ただ、継続によってもたらされる効果、期待できる効果というものと、継続によってでは期待できない、もしくは難しい効果、継続によってもたらされることもあるけれども、実はそれは別に継続のおかげではないという効果もある。継続、それを手に入れている人は、一見、継続をしたからそれを手に入れているように見えるけれども、別に実はそのせいではない、その影響ではない、みたいなこともある。そこについては、継続の力点をあまりにも過大評価しすぎないというか、継続自体は良いことなんだけども、継続だけに自分自身が頼り切ってしまうことをしないようにしなくちゃいけない、という気持ちもある。
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