#378 習慣と信仰
年寄り同士の自慢は孫やひ孫の話か体の不調の話だという。それに則っているつもりはないのだが最近肩こりがひどい。いきなり稀に見る日常的な内容を書いていることに自分でも驚いている。
しかし本当に肩こりがひどい。何年も継続してというわけではなくて、波がある。原因はわからない。枕を変えたりメガネを変えたり、もしくは何もしなかったりして、自然とそういう時期が終わったりする。
したがって何が因果関係になっているのかはわからないのだが最近ここ数ヶ月また肩こりがひどい。肩こりというよりは首こり、または頭痛。肩と首、もしくは肩と首の接続部分は非常に疲れやすい。
一年前にはあまりそうではなかった気がするし、そうだった気もするが、もし違いがあるとしたら運動の頻度が下がったことだ。ウォーキング的なものではなくて筋トレ的なものか。
習慣化できていること、例えばこの文章を書くことは習慣化できていることで、そういったものと、うまく習慣化できていないものがある。誰にでも当然あることなのだが、自分の場合一体それがどこから来るのかということはもう少し知りたいと思う。
そして習慣化できたからといってそれが必ずしも良い方向に働くとは限らない。ある種の宗教や信仰、またはもっといえば祈りのようなものだと思う。習慣化とは。生まれつきの天才でもない人間がそれをやることによって何かを手に入れられる。
神が能力や結果というものに変わっただけで、これは信仰にやはり似ている。
2024-05-06
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