#391 仕組み/アンダーグラウンドアート/感覚的なシーンを意図して作る
好きか嫌いかと言うと多分好きなんだけれども何かいろんな仕組みみたいなもの自分自身の仕組みみたいなものを適宜アップデートしていく考えるのが好きだしそれはアップデートしていくのも好きだ.まあ本当はそれが目的ではないというか何かがうまくいくということが目的でやって何かが完璧に思う通りにうまくいっていればそんなことはしないと思うしそれを好きと言っていいのかわからないけどもいずれにしても人生というものは完璧にうまくいくということはなかなかないので常に何かの仕組みをアップデートしてそうまあちょっとでも何かがうまくいくようにしているということになるしそのことがまあ好きというか嫌いではないってことになるだろう.
冒頭からいきなりうだうだした読みづらい文章になってしまったような気がするがそもそもこれらの文章を書くときにこの場所で文章を書くときに自分の中でだいたい産業から5行,少なくとも産業,全然正しく変換されないがまあいいとして作業から5行ぐらいでの間で段落を一つ作るというようなルールをつけている.
ルールと言っても必ずしもそれを絶対的なものだと考えているわけではもちろんなくて何て言うかその単純にそのぐらいでないと読みづらくて後々自分自身がそもそも全く読み返す気が起きないしまあそうすると当然別万が一頃読んでくれる誰かというものがいたとしてその人が読む気というものもどんどん失わせ失わせてしまうんだろうなと思っているところかな.
ただでさえこれは音声入力などを活用できる時はしていたりしてまあそうするとまあなんて言うんでしょうね句読点とかあんまり入れなくなったりするから文章を遂行することもないしなんかこう意味が分かりやすく整理するということはあまりなくて流れてるものをただただそれが記録に残るような感じになるからただでさえどうしても読みづらくなる.
だから少なくともその流れをじゃんできるだけ本当はまあ全く邪魔してないわけではないんだけれどもその邪魔をしているというか流れが滞るの最小限にしようとしてそれがこの会議を入れるということなんだろう改行というかまぁ段落を入れるということなんだろう.
もともと何を言いたかったのかなって思うとまあその段落の話をしたかったわけじゃなくて何を言いたかったんだろうか.と思って開いた時にこれを書こうと思ってページを開いた時に始めに書こうと思ったことは何だろうかと思い出したところこれはある種のアンダーグラウンドアートみたいなものなんだなというところかな.
このテキストはそれほど人に生まれているわけではないどうやら0ではなくてたまに誰かに読んでもらっている可能性があるようだがあくまでそれは可能性であって実際にはわからない.
特に何かこうフィードバックを求めてるわけでもないしそういう意味で誰かの目につく可能性はどこかに存在するんだけれども可能性はどこかに存在するんだけどもその可能性は限りなく低いしそもそもそれを目的としていないみたいなところで言うと例えばその自分の裏庭だったか洞窟だったか忘れたけどそういうところに無限に石を積み続けて作品を作ったあのアーティストだったりとかその洞窟に上告をし続けたアーティストだったりとか資料に何かが発見されたりした様々なアンダーグラウンドアーティストたちというものは生きてる間にそれは評価されなかったりそもそも評価されることを求めていなかったりただただそれを続けるということは目的としていたりするまあそれはもちろん実際話して会って話してみたらインタビューの記事を読んだりしたことがあるわけではないので本心を知ることはできないしまあもちろんそれ自体も人によって違うだろうから何か一つの結論にまとめてしまうことはできないんだけれどもまあいずれにしてもそうだな何かこう感覚的にアンダーグラウンドアートみたいなものになっているなという風に思った結果的にね.
そしてこの感覚的っていうのが結構最近話が飛ぶがここで話が飛んでしまうが最近学校の感覚的っていうのがテーマで.学校って何だ.学校という文字が入っているが特にそれは関係がない.誤変換である.
そして何だっけ何の話だっけ.そうだな前からどこか俺に触れているような気がするが時々カウンセリングを受けていて.これは毎回このことも補足しているが特に何かすごく病んでいるぞという精神的な病を抱えているぞというアピールではない.
まあ自分が所属するチームで福利厚生の一環としてオンラインカウンセリングに契約していて自分自身はそういうところとそういうカウンセラーみたいな人といろんなことを気軽に話すのは良いことだと思っていて何かすごくまあ予防というかね.
定期検診のようなものでもしくはそのちょっとした症状のうちにやっつけるみたいなもので何かすごくものすごく重大な病気のような大変な状態になってから相談するようなイメージがねもちろん世間にはあるだろうが自分の場合はもっと軽い段階や今週こんなようなことがあってねみたいな今週こんな嫌なことがあってねみたいなその時にこういう風に思ったんだけどどうなんすかねもっとこういう風に考えたいんだけどどういう風な更新精神的なこうアプローチというかまぁまぁどうしたらいいんだろうなみたいななんかそういうぼんやりした大したことない相談とかも含めて相談している感じなので必ずしもこのカウンセラーにかかっているということがすごく重大な病を抱えているということのアピールではないということを何度も言うようだが何度も言っておこうと思う.
そんなわけでまあカウンセラーに話していて自分はどうしても言語優位の人間というかあくまでも感覚というものが先に立っているということもわかってるしその感覚ということもあくまでその何だろうね人間の機能の一つでしかないということもわかっていてなぜそうなのかということをロジックで建てるというかそういう癖がある.
そういったものがいいとか悪いとかっていう話ではなくてまあいい部分もあるし悪い部分もあるしまあそれもケースバイケース画面によって違うし何を目的によってこの登録コミュニケーションなのか何をしようとしている時なのかということによって違うからあのいいとか悪いとかってことを議論するものではないんだけどもとにかくそういう時にもう少しその感覚というものから出てきたものによろしくを立てなくていい立てなくてもいい場合もあるのではないかというようなことが最近の立てなくてもいい場合というものをうまく判断して立てずにやっていってもいい場所場面を作るみたいのは自分の中を先のテーマだったりはカウンセラーが話していたりしてその出てきた最近のテーマだったりする.
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