書く実験の記録

#429 小さな世界と解像度

最近どこかで見たが何だったかないきなり詳細を忘れてしまったが確か目の前にあることを200文字で書くんだったか一言で言えることを200文字で書くんだったか何だか忘れたけどとにかく細かいところというかそういう文章を書くコツそういうのをそういう風に書くと面白いんだよみたいな話だった.

もはや何を言ってるかわからないだろう.私もよくわからない.

つまり何を言いたいのかと言うと何かその小さなこととか細かいこととかそういうものを大きくスケールアップして引き延ばしてそこに解像度を上げて語ると面白いんだよということをどなたかがおっしゃっていた.

これは解像度というキーワードが出てきたので「解像度を上げる」の本のことを思い出した.あれはビジネスの本だけどね.

フィラーをうまくとってくれない.音声入力の制度が日によって違う.その制度じゃないけどね.

これはもちろんアルゴリズムが毎日変わるわけがないので1つはもちろん生物としての自分自身のいろんな変化あるだろう.コンピューターの負荷みたいなものもあるだろう.でも今見てみたがそれほどコンピューターに負荷をかけているわけではないしこれはおそらく純粋に人間的な生物としての不安定な部分なんだと思う.

最近取り組んでいるのは判断のスピードを上げることである.判断とか決断とか色々あるけれどもそれぞれに違うニュアンスがあるけれどももっと具体的に言えば決めるということだ.

決める.何かを決める.決めるスピードを上げる.決めるためにかかる時間を短くする.別に即断即決が何でもかんでもいいとは思わない.そういう時代もあったとは思う.しかしやはり向いている分野と向いていない分野もあるし取り組み方によっても異なる.大きな決断を早くするのか小さな決断を早くするのかもしくはあえてスローダウンするのか.

早いことにばかり価値がある時代に遅いことにも価値があるそういう部分もあるだろう.

冒頭の話に戻るがつまりこれはスケールを変えるということだろう.スケールを変えるとエンターテイメントになるもしくはアートになるもしくは何だろうな価値が生まれると思っている.

アートでもエンターテイメントでも別に特に限定したそういう話をしたいわけではないしもっと抽象的な話をしたいしその価値が生まれるというのの価値とは何かということも別にここで決めるつもりはないので全ての言葉は難しいなと思いながらここで言っている.

つまり僕が目の前の髪に一本の線を描く.紙ね.でそれ自体が何か価値があるわけじゃない.アートでもビジネスでもないだろう.エンターテイメントでもない.スペクタークルでもない.

もし僕が地球1周分の線を-と言うとそれは何か価値が生まれると思う.その価値が何かわからないが少なくとも言いようのない部分で感情は動くような気がする.

同じようにじゃあ目の前のその1本の線が100万年後も残るものであると言うとその場合も何か感情が動くものを感じる.

スケールを変えると面白いと思ってるなそういう部分.

そういえば最近入力した乱れた文章をAI によって整えるということをやめた.それはつまりソースコードは履歴として残すけれども成果物は残さないGitにはコミットしないということだと一緒なのかなと今ふと思った.

あと単純に整ったものとかはどんどんこれからインターネットの上にはAI が書いた 整ったテキストまあ整ってないかもしれないけどまとにかく部屋が書いたものがどんどん増えていくだろう.AI のことをなぜ部屋と間違えるのか この音声変換は.

とにかくそういう時代においてあえて乱れた人間の成果物成果物というかなんか違うかもなとにかくそのアウトプットみたいなものをあえて残していく整っていないものをあえて残していくことにこそ価値があるんじゃないかということを最近思っている.

内容を掴みたかったらその都度 AI に食わせればいいのだ.

2024-07-13

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