書く実験の記録

#436 穴を掘る

評価されるということと続けるということについてふと思ったことがある.このテキストは割と頻繁に書いていてしかもそれを継続できている.これは自画自賛になってしまうけれども客観的に観測可能な事実であるしまあそう言っても差し支えはないだろう.

しかしなぜ継続ができているのか.1つはそれはクオリティを求めていないからかもしれない.時間を短くしている本当に数分だ.

時間をかければクオリティが高いものができてくるわけではない.矛盾するようだが時間をかけなければクオリティが高いものができてくるというわけでも当然ない.

じゃあ時間は関係ないということになるだろう.本当はそうなんだけれどもやっぱり少し落ち着いてちゃんと取り組むみたいな時間はクオリティを底上げはしてくれるだろう.

いろんな考え方とかいろんな言い方がある.いろんな人がいろんなことを言う.寮のない質はないとか.量こなすことでその中から質が生まれるとか.

でも時間をかければ質が良くなるわけじゃないし.だけどただ量をこなすだけでいいわけじゃない.まあやらないよりはマシなんだけどね.

正解に近づく努力がしたい.いつか正解やゴールにたどり着くための努力がしたい.それはそうだできるはみんなそうしたい.でもそれはできない.新しいものに向かおうとすれば場合をであればあるほどできない.

正解がある努力ですら何かを続けるということは難しい.続けるためには楽しさが必要.楽しいものであるためには何かしら自分を満たすものが必要になる.それが自分で自分を満たせるものかもしれないし他人からの評価で満たされるものかもしれない.

穴を掘ってそこから石油が出るとわかってるのであればそれは全員とは言わないまでもかなり多くの人がその穴を掘るという努力ができるだろう.それはその努力と得られる成果があらかじめ釣り合いが取れているのかどちらにメリットはあるのかということが考えることができるからだ.

けど多くの場合は人生の多くの場合はどこから石油が出るかわからずに穴を掘る必要がある.もしくは穴を掘らないか.どちらかだ.そして穴を掘ったからと言って石油が出るわけじゃない.

どのくらい掘れば出るのかというものも定かではない.だから諦めるポイントというものもわからない.そういった何もわからないゲームをしているんだと考えている.

2024-07-22

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