#442 楽しさと趣味

趣味は何ですか.昨日聞かれてパッと答えられなかった.趣味ってみんなあるんだろうか.自分にはないんだろうか.しかしこれは聞き方に非常によるのだと思う.趣味ってそもそも何なんだろうか.趣味は何ですかと聞かれた時の答えづらさみたいなものは何だろうか.
例えば別の聞き方であればパッと出てくるようなものもあるだろう.例えばだが映画館に行って映画を見るのが好きなのかと言われたら自分は好きだ.2024年はあまり行けてないけれども本来はかなりの頻度で映画館に行っていた1年ほど前までは行っていた気がする.今でも行きたい気持ちはある.ただ色々な生活の変化で少し足が遠のいてしまっているというのはあるだろう.
まあそういう今現在の瞬間がどうなのかということは置いといて単純にその行為が好きかどうかという風に問われればそれは好きということになる.じゃあ趣味なのかもしれない.
本を読むのは好きですかと言われたらそれも好きだ.プログラミングも好きですかと言われたらプログラミングも好きだし3 dcg も好きだし美味しいものを食べるのも好きだし何かを作るのも好きだ料理も嫌いではない.
今自分で自然に言っていて思ったが好きだと言えるものと嫌いではないと言えるものの違いは何だろうか.
そして次の疑問としてはじゃあこれは好きですかと言われたら好きですというような行為が全てじゃあ趣味なのかどうかということだ.趣味です趣味は何ですかと言われた時にそれらのことがリストアップできるのかどうかぱっと口から出るのかどうかということだろう.
悩ましいところでなぜかパッと口から出ないものもある.例えば自分は色々な展示物を見に行くのが好きだ.好きなんだけれども今少し気づいたけれどもやや何と言うか義務感のようなものが混じってしまっているのかもしれない.つまりそれは仕事ということになるのかもしれない.純粋に100%なしの義務感なしで見に行くものというものが見に行くものというかやることがじゃあ趣味なんだろうか.
例えば昨日なんとなく楽しかったことというものがじゃあすぐに趣味だとは言えないだろう.言えないような気がする.必要はない何かに縛られる必要はないわけだから別に機能して機能楽しかったことを趣味だと堂々と言い張っても何の問題もないわけだけれどもなんとなく抵抗があるのはおそらく自分だけではないだろう私だけではないだろう.
つまり何かしらの反復性みたいなものが認められる必要があるんだろうかこのことをある程度の期間反復したり継続したりしているそれでもなお好きであるということは必要なんだろうか.
まあ色々めんどくさいこと考えずに純粋にそれをしてる瞬間は楽しいですか.ちょっと言い方を変えてみようかそれをしている瞬間は純粋に楽しいですか.ということなのかもしれないしそれに対して趣味というものに対していろんなノイズみたいなもの不純物を色々載せすぎというかあそこに意味性を持たせすぎなのかもしれない.
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