書く実験の記録

#473 伝えきれないものを描く

私の目の前には今25分からカウントダウンしていくタイマーがある.タイマーは細長い形状で+チックのボディを持っている.2つの液晶の窓がある.液晶は白黒だ.テレビのようにカラーではない.1つは8割ほどの長さの液晶でもう1つはもう2割の液晶だ.

片方は25分からだんだんカウントダウンしていくのをバーで視覚的にバーの長さが減っていくことで表現しているもう1つの窓にはカウントダウンしていく数字が書いてある.

他にも現在のモードを示すアイコンであったりもう1つは25分を何回繰り返すのかという現在の残りの繰り返しの回数が書いてある.

残りの繰り返しの回数というよりは何て言ったらいいんだろうか完了していない繰り返すの回数かな.つまり4回繰り返すという設定がされているのであれば今が一番最初の25分であればそれは1回も完了していないつまり完了しているのは0回ということだから4という表示がされている.

あとはスンと秒のところにはそれぞれアルファベットで M と S という風についている.

15cm ぐらいだろうか.長さは.高さは3cm から 4 cm ぐらい.さらに右側の側面にはスイッチが付いている.スライド式のトグルスイッチだ.また四角柱の形状ではなくて断面は台形のような形状をしている.そして 角には R がついている.

私は今目の前にあるタイマーの説明をしてみたけれども何かを文章で説明するというのは言葉で説明するというのはどれだけそれを詳しく書こうとしても本当の意味で書ききることはできない.だから言葉というものは抽象化をして扱う.

細かく書こうとすれば書こうとするほど抜け落ちるものがある.抽象的には使えば細部は書いていないけれども大きく言えば全てを含んでいることにもなるだろう.

文章というのは何かを書こうとしてもどれだけ頑張っても結局書ききることはできないのだというようなことが以前読んだ本に書いてあった.当たり前のことではあるが自分にとっては重要な指摘だった.

つまりどうせ書ききることはできないのだからそもそもが妥協の産物であると.全てを書ききろということ自体が間違いでそもそも土台不可能なのぞみであるとそれは.だからあらかじめ妥協するというものが決まっているのだから手はどこで妥協するのかということが重要というようなことが書いてあったように思う.

そしてもう1つ印象に残っているのはその全てを書ききることが自分にはできるのだというのは未熟で幼稚な自分に対する謝った自信であり幻想であるとそう断言していることだ.

2024-08-30

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