書く実験の記録

#474 計算機芸術の無限の手数

機械にできることの面白さは手数の多さだと思っている.これは鶏が先なのか卵は先なのかよくわからないけれども自分は何か同じようなものがたくさん並んでいるという状態が好きだ.

それは例えばアート作品であったり風景であったり.もちろん整然として同じものが並んでいるのも好きだけれども先に述べたように同じようなものなわけだから同じようなんだけど微妙にみんな違うみたいなそういう状態が好きだ.

今バット頭の中にも好きな作品やアーティストが思いつく.

そこで思ったのだが私は何かこう計算機つまりコンピューターであるとかそういうものによって生み出されるアートやまぁアートという定義はよくわからないので画像や映像というものとより具体的に言ってしまうけれどもそういうものにおいて非常にこう手数が多いというか人間にはもうとてもやってられないなというような手数の多さが面白いと思っている.

面白いと思っていたが面白いと思っているんだなということを先ほど改めて具体的に実感した.

逆に言えば例えば大きなキャンバスの真ん中に点が1つだけある.これに何か意味を持たせるというのはおそらくそれは機械には難しい.意味を持たせるというかもっと具体的に言うとそれをそれに面白さとかスペクトルみたいなものを付け替えるためには人間の力が必要だろう.

一方でもしその点が膨大な数があってそれはもちろん人間が実はやったのだ人間がその膨大な数の点を打ったんだというのはそれは感動する.何か絵も言われぬすごみみたいなものを感じるだろう.

しかしさらに言えば当然どこかで人間には限界があってそれも100人集めたり1000人集めたり人を増やせばある程度はより多くはできる.年月の話ではないが100人増やしたから100倍のスピードで終わるかと言うとそれは作業によるだろう.100個に分割しやすい作業と分割しづらい作業というものがあるだろう.

そのような微妙なニュアンスはさておきとにかくまあ人間を増やせばある程度はできるけれども人間には不可能なことをするというのが計算機の面白さなのではないだろうか.ということを当たり前のことではあるがどういう部分に面白みを感じているのかということを改めて先ほどふと思ったのでここに記録しておこうと思う.

2024-09-02

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