#324 実験について考える
これは実験だから、ということがよくある。実験的な作品、実験的なイベント。実験がしたい。ここのSubstackは書く実験の記録だ。
でもじゃあ実験とはなんだろう。あまりにもそのことに無到着にその言葉を安易に使いすぎてはいないか。一昨日くらいにふとそう思った。いや昨日だったかな。
Goo国語辞典によると以下の意味らしい。
事柄の当否などを確かめるために、実際にやってみること。また、ある理論や仮説で考えられていることが、正しいかどうかなどを実際にためしてみること。「化学の—」「—を繰り返す」「新製品の効能を—する」
Goo国語辞典
ちなみに「実験とは」とGoogleで検索すると一番上に今はこういうAIによる情報の要約が出てくる。

LLMによる情報で初期に非常に(今も解決したとは言えないが)問題になったハルシネーションの問題、つまり嘘をしれっと言うという問題。最近はこうやって情報の引用元を同時に示せるようになってきて、自分で調べ直すコストは少し軽減されている。UIによって人間が介入や検証をしやすくしている。LLMのこの問題が根本的に解決されたわけではないが、LLMが苦手な部分を人間が補っている、という点でこれは一つの協働の発明だと思う。
そしてもう少し下にはこんなセクションが出てくる。

このセクションについてきちんと見たことがなかったのだが、よく見ると左上に「Oxford Languagesの定義」と書いてある。リンクを飛ぶとちゃんとランディングページがあって、これについて説明がある。
https://languages.oup.com/google-dictionary-ja/
さらに話が逸れるが、↑のようにテキストにリンクを貼る操作。この時のショートカットがCmd+Kなのだが、これって結構他の環境でも同様の挙動だなと今ふと思う。コピーやペーストやカットは今時統一されているわけで、今更独自性を出すために違うショートカットなソフトがあったら正直面倒くさい。リンクの設定もCmd+Kがどうやって自然に定着していったのかな。
話を戻すが、実験とは、一部を切り取って試すこと。目的は因果関係を示すこと。環境は人為的に整えられていること。あらゆる実験にこれが当てはまるわけではないが、大きな特徴ではあるだろう。
では私たちは表現において実験がしたいという時、一体どのような仮説を持っているんだろうか。それは本当に実験ができているんだろうか。
と思うのだが時間切れなのでまた今度考えてみる。
コメントを残す