書く実験の記録

#499 システムとエシカル

エシカルという流行語は最近あまり聞かなくなったが、最近ふとした本でそのキーワードを目にして、それが今までの使い方とはちょっと違ったが非常に腹落ちした。道徳的倫理的なこと自体を否定するわけではないが、道徳や倫理があらゆることに常に優先されるというのはそれは自動的に達成されるわけではないし、またあらゆる状況で同じように達成できるわけではない。貧すれば鈍するという諺もあるようにまず自らがある程度満たされなければ道徳的にも倫理的にも振る舞うことは難しいだろう。

それができる人間も存在はするだろうが、全ての人間にそれを求めるのは難しいし、エシカルな振る舞いというものをあらゆる人間が行えるようにしようとするならば、それは個々人の最大限の努力によって成しうるのではなく、ある程度はシステムでサポートするべきだ、というのが私の考えだ。

始まりがエシカルというキーワードでたまたま始まってしまったが、これは全般的な物事に対する私の考えだ。常に最大限全てのことを努力や情熱や意識で乗り越えることはできない。できるかもしれないが非常に難しい。難しいことは少数の人間にしかできない。

2024-09-28

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です