書く実験の記録

#511 試行の喜び

最近タイトルをうまくつけれるようになった.自分の書いた文章をチャット GPT に入力してそれでタイトルをつけたりそのつけてくれたタイトルをもとに自分でさらに考え直したりということをしていたけれども基本的にはちょっと冗長なタイトルをつける感じが傾向があってあまりそれを好んでいなかった.

けれども最近ふと思って色々とプロンプトを変えてみたらなんとなくいい感じというかあまり手直しをしなくても良いようなつまりそれは正解はないけれども自分自身にとってはまあそういう感じかなという気持ちになれるような正解自分自身の正解に近いような自分自身の趣味嗜好に近いようなものが出てくるようになった.

本当に小さなことだけれどもそのように自分で色々と試行錯誤していってそれが少しだけでもほんの少しだけでも何か改善される何か新しくなる何かより良い状態になるというのは嬉しいものだ.

話は変わるが昨日どこまで自分で手を動かすのかというような話になった.もちろんこれも正解はない.自分が何かを作りたいものがあった時にそれを誰かにお願いするのかそれか自分が試しにやってみるのかということには大きな違いはある.

基本的には当然自分がやった方がいろいろいい部分もあるだろうと思う.けれどもやはり専門的な部分については自分では難しい部分もあることはわかっている.

そうは言っても自分ができる範囲で手を動かしてみるというのは大事だと私自身は思っていて.例えば最近もある部品を取り付けるための金属の部品が必要だったんだけれども自分なりにまずは色々試作をしてみて最初で必要な個数それは今回は4つだったんだけれどもその分は自分でドリルで金属を削ったりして作ってみた.

その上で本当は最初は全部自分で作ろうと思っていたんだけれどもその最終的に必要な数は40枚でその40枚というものを自分で作ろうと始めは思っていたんだけれどもちょっと時間的に難しいことはわかってその部分はプロのそういう金属を加工する方にお願いした.

結局これは結果を受け入れてるだけかもしれないが結局のところこれは一番良いやり方だったように感じている.少なくとも自分にとってはこれが一番いいやり方だったようにやり方がに落ち着いたように思う.

つまり最小限の施策試しに作る部分として最小限の部分をもちろんプロよりはクオリティとか効率は落ちるんだけれどもまずは自分で作ってみるということ.そしてその上で自分で最終的なクオリティであるとかつまり品質であるとか数量が難しい場合はそういう外部の専門家にお願いをするということ.

2024-10-13

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