書く実験の記録

#535 雑に読む、奇跡を拾う

私はかなり雑に読書をしている.今の本の読み方がベストだとは思っていない.けれどもきちんとしようとして全く読まなくなってしまうことよりは良いベターだと思ってやっている.

結局多くのことはベストにはたどり着かないベストなことはなかなかできない.やらないよりはマシなことをやる.ないよりはましなことを準備しておく.いないよりはマシだと思って他人の失敗を受け入れる.

一番最後の人間に対しての言い方は少し誤解を生んでしまうかもしれないが人間は誰しも失敗をするしそして思い通りには行かない.誰かに何かを任せるということは結果の不完全さを受け入れるということだ.

もちろん自分自身がやったとしても完璧にはならないかもしれないし多くの場合はならないんだけれどもそうだなその完璧さとその誰かに任せた時の不完全さもしくはその目指す完璧さっていうものを少し意味が違うと思っていて何だろうな進む方向とかやることとかとにかくちょっと今うまく言語化ができないけどもとにかく他人に何か任せるというのは結果の不完全さを受け入れるということと同義であると私は考えている.

だから結果が不完全であるという前提においてちょこちょこ確認して軌道修正をしたりまあフィットさせていく完全なものを少しはマシにしていくというような考え方をしていると良いように私は持っている.

人間の話は置いておいて今日は読書の話なんだけれども.話は戻るが私は自分の読書の仕方はかなり雑だと思っている.読まないよりはマシだと思っているけれどもね.けれども完璧な読み方ではないと思っている.

結構真面目にしっかり読んだとしても1回読んだだけではどうしても内容結局あんまり覚えていないなということに気づいて.どうせあんまり覚えていないのであれば一生懸命読む必要はないんじゃないかなと思っている.

もちろんその自分が知っている範囲で言うとというかまあなんかイメージする範囲で言っても読んだ本の内容をきちんと幅広く覚えていて会話の時にあの本にこういうことが書いてあったとかあの人がこの本にこういうことを書いていたみたいなことをきちんと思い出せる人はいてそういう人は本当に尊敬しているがどうも自分にはそれは無理なようだ.

まあそんな感じで結構雑に読んでいるんだけれどもむしろ雑に読んでいるけれどもたまに頭になかっ残っている内容というものあってそういうのはそのフィルタリングの中で残っている大事なことなんだと思う.

それにそういう内容っていうのは残る内容ってのも結局自分の側の変化によってある時はこの内容が残るし別の時に読んだ時はこの内容が残るしというように残る内容も結局変わってしまう.

そしてなんだか雑に色々読んでいるとこれは完全に色々なアルゴリズムとか自分の行動の結果なんだけれどもなんとなくたまたま偶然を何かこれは今自分が読むべき本なんだな何かすごいためになるな面白いな今ちょうど最近こういうことを考えていたんだよなというようなことに出会うことがなかなか多い.

これがただの偶然であるとか奇跡である読書は奇跡を持っているなんてことを思うつもりはない.例えば過去に読んだ本のデータをもとに同じ作者の本をブックマークに入れていたり もしくはその中で 他の人が呼んでいる本がリコメンド されたりあとは自分がフォローしてる Twitter のタイムラインで流れてきた本 なんかをブックマークしておいたりしてそれがいつか読む本になることも多いので完全にランダムではないしそういう意味では全然何も奇跡でも偶然でもないんだろう.

でもそうやってたまたま偶然雑に読んでいると出会うものっていうのにはなかなか面白さがあるしそして真剣に選ばずに雑に読むとこれがまた思わぬ変な出会いというか必ずしも自分の意見にしないものなんかもあってもしくは全然あんまりためにならない本なんかもあってそれでもすごく真剣に読んでいるわけではないというか流し読みというかざっと読んでるだけだからそれに対してすごく落ち込んだりもしない.

2024-11-17

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