書く実験の記録

#542 情報社会における自己と他者の関係

同年代の友人とこの間話していた.我々はそこそこの年数かなり初めの頃から今のインターネットの環境というかまあその世界が今の形ではないうちからインターネットというものを閲覧してきたりもしくはその中の何かを多少なりとも作ってきたりそう言っていろんな形で関わってきたけれどもそれを経てそれなりにリテラシーはあるつもりだけれども今一番難しくないかなというような話.

もちろんそこそこリテラシーがあるというおごりこそが何か間違って判断をしてしまったりまあ騙されたりする端的に言えばというようなことの原因とかきっかけにもなりかねないので安心するつもりはないんだけれども.

慢心するつもりはないんだけれども今のところ大きな被害を被ってはいないしまあ相対的に言えばリテラシーは低くはないということは言っても怒られないだろう.

この怒られないだろうというようなことはついつい気にしてしまうけれども一体何を気にしているんだろうか.少し話は変わるけれども自分というものを何かという肩書きというか役割というかロールとして紹介する文章を自分ではない誰かが書いた時に私の紹介のされ方がちょっと大げさだったりすることがある.

ちょっと大げさだなと言うとその書いた人を批判しているわけではなくて良いと思って書いてくれているしもちろん100%間違いではないんだけれどもしかし自分としてはそれは100%正解ではないので正解ではないというお叱りを誰かに受ける誰かに指摘されてしまうということを恐れてしまっているというようなことはある

それは他人のことを気にしてしまっているということに他ならないし.それはもちろんそうだ.他人というものが存在しなかったりもしくは他人というものを全く気にしなければそのような考えは出てこないだろう.

インターネットに話を戻そう.まあそんなわけで友人同士の会話の中なので許してもらいたいがとにかく我々はそこそこインターネットに対してのリテラシーが高いつもりだけれどもしかし今は本当に何が真実なのか何が事実なのかすごくわからない分かりづらいタイミング時代だねと思っている.

今まで生きてきた中で一番難しい.事実というものはもちろんたくさんあるこの世界にたくさんあるし1つの事実も細分化していけばいくらでもあるいくらでも細かい事実に別れる.だから事実というものは無数にある.

でも真実というものもたくさんあってそれは人間はそれぞれの認識をするこれが真実だなと思うということだから真実は人の数だけある.

事実は無数にあって真実は人の数だけある.

結局自分は本当か本当ではないかわからないことにはもしくは発言したり発信したりするということについてリスクがありそうなことからは徹底的に逃げている徹底的に避けているんだと思う.まあ本当に100%避けれているかどうかは分からない.発信をしていればどこかで失敗をすることもあるだろう.すでに失敗もしているかもしれないし重箱の隅をつけばおそらく誰だって何か失敗をしている.

2024-11-26

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です