#337 あってもいいか、なくてもいいか
何か機能のある物を作るときによく言われる言葉として,”あっても良い機能は,ないほうが良い機能である”というものがある.
これはつまりどういうことかと言うと,まだない機能にも色々な分類があって,それはつまり優先度の話で,ないと困るないといけないあるべき機能というのはもちろん最優先.ないと成立しない機能.これは作らないということになる.
そして明らかにいらないとわかる機能というのは,これもまたよほど無駄遣いをしたわけでなければ,もしくはそこに何か明確にコンセプトがあるわけでなければまあいらないということになるし,普通に考えて悩むことはない,作らないということになるだろう.
一番問題なのは,何事もそうだけれどもその中間にある.あった方がいいな,ないよりはあった方がいいなというようなものってたくさんある.まあそれは確かにあったらあったでいいような気がする.でもまあなくて困るかって言うとなくても困らないし成立はする.
成立するとそれはつまりそのコンセプトの話だろう.それが何であるか,ということにおいてその機能や能力というものがないとそれそのものとして成立しないのかどうか.
しないのであればそれはそのコンセプトにおいてコアな機能なんだろう.もしなくても成立するのであればそれはなくてはいけないものではなくてあってもいいものということになるだろう.
そしてあらゆる局面において基本的にリソースは有限である.何かを仕事で物を作るという時に,時間もお金も人間のリソースも能力も全て有限である.幼い頃はその時点での自分の無力さと同時に,しかし自分というものの未来であるとかもしくはその自分がまだ知らない大人の世界というものに対して,もちろん空を飛べると思っていたわけではないし巨大化できると思っていたわけではないけれども,ある種の無限の可能性を見ていたように思う.
だけど現実にはなんせリソースは有限だからどうしても作りたいものを全部作ることはできない.
というようなことを考えていて,考えていてというかもともとそういう風に言われていて,それは物を作るという時に関して当ては。言葉として言われているんだけれども,じゃあそれってもっとその広く考えて人間全体の選択というものに関して当てはめることができるんだろうか.
そう考えた時にこれは結構危険というか難しい考えだなと思っていて,ないといけないのか,これはないといけないんですか,絶対ないといけないんですか,というようなことを考えていくと結構いろんなものがまあそれは確かに必要はない.
じゃあ必要なものばかり,必要なものにきちんと集中してそれ以外は切り捨てるような判断というものがちょっとこれはうまく言えないんだけれども,自分の中でもそういう判断がもっと必要なんじゃないか,と思う部分と,いやそうは言っても本当に必要かどうかということだけを基準にすると結構生きるの難しくないか?みたいな気持ちとどちらもあるなと思っていて.
そう考えるとこの何かを作るという時の考え方をそのまま,人間の選択全体に当てはめるというのもちょっと難しいのかなということをぼんやり考えていた.
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