書く実験の記録

#563 仕組みを知りたい、とは何か

仕組みを知りたい。そう思うことがある。これはどういうことなんだろうか、ということが気になった。仕組みが知りたいという気持ちが、他の人と比べてどうかは分からないが、自分としては、それなりに強くそういう気持ちを持っているというか。

気持ちというか欲求、欲動のようなものだろうか。仕組みが知りたいと思うのは。しかし一体、仕組みとはなんなんだろう。なぜ仕組みを知りたいんだろう。仕組みを知ってどうしたいんだろう。仕組みを知るとどうなると思っているんだろう。

そう考えたのは、この仕組みを知りたいという気持ちが、何かの時には、悪い影響を与えるというか、何かを阻害したり邪魔していたり、そういうこともあるのかもしれないとふと思ったからだ。全てがそれでうまくいっていたら特に問題はないのだけれども、これはつまり、今の自分は、全てがうまくいっているとは思っていないということが前提になってくるだろう。

まあこれについては、むしろ、自分は全てがうまくいっている、と思っている人がいたとしたら、それはそれで怖いというか、悩ましいものがあるように思う。いや、思いつつ、しかし、全てがうまくいっていると意図して思うことというか、そう思うということをツールとして使いこなしている人もいるとは思うし、そういう人までもを怖いと思っているわけではない。

話を戻すが、仕組みを知りたいという気持ちについて考えてみよう。仕組みとはなんだろうか。色々な仕組みがあるのだけど、要はシステムである。要は、と言いながら特に何も説明していない文章を書いてしまった。

ここからは辞書的な正さには依拠しない。単語的な正確さにはやや欠ける部分もあるだろうが、あえて柔軟に曖昧に考えてみることとする。

とにかく、仕組みとは、複数のものが組み合わされて動くものである。動くこと、その全体、ということもできるのかもしれない。あらゆるものはよりミクロで見ていけば何か複数のもので成り立っているので、真に単一のものというのは素粒子のように考えていかなくてはいけないとは思うが、今言いたいのはそういうことではない。

例えば、一つの歯車がある。歯車だけではシステムとは言えないだろう。仕組みとは言えないだろう。歯車が別の歯車を動かすとき、それは仕組みだと考える。

人間の場合はもう少し複雑で、一人の人間で何かをなす場合でも、その人自身を構成する習慣ややり方のようなものは、システムだとは思うが、しかしよりマクロな視点では、複数の人間が協働して何かをなすのは、個人よりも一つ複雑な仕組みである。

仕組みとは何か、よりも、なぜ私はそれを知りたいと考えるのか、が気になるところである。

2024-12-26

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