書く実験の記録

#566 いろいろな制約から離れてぼうっとしたり書いたりする

大体これを書く前には前日の振り返りをしていて、その時の一部として数分間の瞑想をしている。と言っても何か特別な方法ということではなくて、深呼吸をして、目を瞑ったり、半開きにしたり、しながら、テキストエディタに頭に浮かんだことを音声入力したりしている。

もしたまたま移動中などで音声入力ができない時、たとえば新幹線に乗っていとか、そういう時にはキーボード入力をしている。

いずれにしても、それは何かを気いいろくしているけれども、というかなんか今日はキーボードの調子がおかしいな?二重に入力されることがあるように思う、これは特定のキーがそうなのだろうか、それとも全体としいて調子が悪くてそうなってしまっているんだろ桜花。わからない。とにかく今日は5時いいっが多いg誤字が多いがそうううういうことである。書き終わったああらMacを再起動してみよう。

話を戻して。記録していいいいいいいいるけれども、それは時間的に縛られてはいない。いや、結果的には時間から完全に自由なわけではないのだけれども、時間において制約を課していない。

どういうことかというと、仕事の時や、何かっプライベートでもいいが、そういう時は何をしようか考えて、それを実行する。何をしようか考える時には、当然優先順位がある。全てを同時にはできない。残念ながら一つづつしかできない。

まあとにかく、(本当にキーボードの調子が悪いな)もしそれが日記だとすると、その日あったことを記録するとか、自分の場合は主に前日会ったことをメモするとか、感情でもいいが、とにかく時間に制約されているように思う。

でもこの瞑想と仮に名付けてやっている行為では、優先順位や時系列そう言ったものに縛られる必要はないと考えている。考えてやっている。またもっといえば、この時の思考には、まあ考えるだけなので、倫理や法律や社会規範、そのほか様々な自分を制約するものからも、解放されていいだろうと感がああえている。

2024-12-30

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