書く実験の記録

#588 新しい経験が作る時間 / 透明化される貢献の行方

2月がもう終わろうとしているこれは驚くべきことだ.時間間隔というのはその間にあった新しい出来事人生において新しい出来事の数に比例していると言う話を聞いたことがある.

どういうことかというと例えば1ヶ月の間に人生でまだ経験したことがないことがたくさんあればその記憶はたくさん残るのでたくさんのことをした長かったなという感じがする.

もしその1ヶ月の間に人生で人生において新しいことを何一つやっていなかったらこれは極論だけども何一つやっていなかったら新しく記憶に残ることは何もないのでその1ヶ月の記憶が何もないから何かあっという間に終わってしまったと感じる.

というような話らしい.

これについてはあくまで感覚的なレベルでも反論は思いつく.新しいことをやっていたとしてもあまりにも忙しいとあっという間に終わったと感じるのではないか.私たちはそのように感じているのではないかというように思う.

もちろんこれは自分の感覚でしかないので何か心理学の実験などをしたわけではないしきちんとした反応しているわけではない.それにその学説が正しいかどうかを別に論じたいわけでもない.

それが正しいかどうかは正直言ってわからないけれども今はそれはどちらでも良くて少なくとも考え方においてはその考えを自分に当てはめるとか用いるということにはポジティブな影響があると感じている.

つまりどういうことかというとできるだけその1ヶ月にというかまぁ1ヶ月というのは先ほど考えてみるためのというか説明するための例えとして仮に1ヶ月を区切って言っただけだけれどもまあとにかくそのある期間中にそれまでの人生でまだやったことがない新しいことをできるだけたくさんやるという方が良いことであるという考え方自体はその考え方に基づいて行動してみるというのは悪い感じはしない.

話は変わるけれども最近透明化ということについて考えている.透明化と言っても透明人間の話ではない.いや透明人間の話も嫌いではないのだが透明になってしまうと映画だとだいたい不幸になってしまうと相場が決まっている.だから実際に透明になるのはやめておこう.

そうではなくて何の透明かというといなかったことにされるということである.例えば何かの仕事の成果において明らかに事実としてA さん が関わっていたにもかかわらずそのことが 同じ案件に関わっていた B さんや C さんの会話ではなかったことになっている.

仕事などで言うと例えば何々さんのおかげでこれが成し遂げられました.という時にそれが網羅できてるのかということだ.

様々な本とか映画とかまあとにかく誰々のおかげでこれが完成しましたみたいな話をする時はとにかくみんなそれに気をつけているように思う.当たり前だ.しかしそういう振る舞いができていない苦手な人もいてなぜそういうことが起きるのかということに興味がある.

2025-01-25

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