書く実験の記録

#598 ただ座る時間 / 思考は途切れなく流れていく

朝は瞑想をするようにしている、瞑想といっても正しい瞑想の仕方をきちんとしているとは言いがたいので、まあ瞑想っぽいもの、ということにしておく、という感じで句読点を、と。を区別せずに全部、で済ませていくと、考えることが少なくて良いのではないか、などと思うが、どうだろうか

瞑想については、より良い時間の長さ、より良いやりかた、があるとは思っているが、しかしまあ正しさを追い求めてやらないよりは、やった方がマシだと思って、とりあえずやっている、とにかく数分間、呼吸を整えながら、じっと座るだけだ

この時に、結構放っておくとどんどん考えが溢れてくる、もし溢れてきたとしてもそれはそれでいいだろうと思っていて、というのもこの時間は1日で唯一、意図して、どんなことを考えても良い、その考えというのは目的や意図を持っていない、という位置付けだからだ

それ以外の時間は、何かを考えているにしても、例えば仕事であれば当然目的があるし、日常生活においても何かのための何か、を考えていることが多い、つまり、何かのため、何か目的があったり、何か達成したいことがあったり、何かの役に立つこと

しかしその瞑想っぽいものの時間に考えることというのは、本当に、特に何も目的を持っていない、だから本当にくだらないことも浮かんでくるし、解決がないものも浮かんでくる、そしてそれをただただ記録していた

記録していると頭から追い出すことができる、なんかこれは覚えていないと、とか、これは忘れていいかも、とか、選別するという行為と、さらに覚えるという行為を同時にやるのは、なかなか難しい

と、思ってやっていたのだが、それをやると、結構本当にいくらでも考えが浮かんできてしまう、それこそ途切れなく、その決めた時間の中で、いくらでも流れてくる

ああそういえば、前回の文章の最後で、続きを書こうと思って、続く、と書いて終わったことを、今思いだしてしまった、従って、この文章は前回の続きではない、まあそういうこともある、いつか続くかもしれない

あと、この。を使わず、だけで済ませる方法は、これは別に問題がないような気がしてきた、まあ。の代わりに三行くらいで段落を入れているだけだが、

2025-02-04

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