#605 早寝の難しさ / 早起きの誤解

数年前から、早く寝て早く起きるという生活リズムを検証している。昔からそうだったわけではないので、意図してそのことに取り組んだ結果、気づいたことがある。早寝早起きをしていると、早く起きれて偉いね、すごいね、と褒められる。
褒められるのはもちろん悪い気持ちはしないし、それ自体には特に反論はない。早寝早起きは意識しないとできないし、何よりそれ自体は有益だと感じているので、それゆえに有益だと思うことができていることを自分でも意味があると思っている。
しかし実際に初めてみて、気づいたことがある。早く起きれてすごいね、と言われるが、それは少し違うのではないか、ということだ。
布団中は幸せだ。暖かい。ずっと寝ていたい。もっと寝ていたい。だからその誘惑を断ち切って起きるのはなかなか大変だ。それはそう。ただ、1時間しか寝ていない時の「もっと寝たい」気持ちと、10時間寝た時のその気持ちは、程度が違う。
程度が違うので、起きることの難易度も違う。つまり、起きる難易度は下げることができる。そしてそれは起きる瞬間に頑張るかどうか、ということではなくて、寝る方にあるということだ。
早寝早起きをしているというと、早く起きれてすごいね、と言われるが。なぜ人は片方だけ、起きることだけに言及するのか。ということだ。早寝早起きは、早寝と早起きのセットだ。
早起きは大変だ。ただし睡眠時間による、ということだ。つまり早く寝れば、早く起きることはそれほど難しくはない。早く寝れないと、早く起きるのはすごく難しい。眠い。布団から出たくない。
そして、つまり、早く起きることは難しくはない。それは早く寝れば、難しくはない。では何が難しいか、それは早く寝ることが難しいのである。早く起きることが難しいのではないのだ。ここに多くの人の誤解があるように思う。少なくとも自分には誤解があった。
早く寝るというのは、それまでならまだ起きていた時間にもう寝るということだ。仕事があったり、仕事が終わった後の楽しみの時間だったり、他にも色々やらないといけないことがあったり。やりかけのものがあったり。
そう言った色々なことをまだやりたいし、やれる、という状態にも関わらず、寝るのである。眠いから寝るのは意思ではない、とまでは言えないが、まあとにかく多分に生理現象というか、意思の割合が少ない。まだやりたいことはあるが、眠いしもう限界、では寝よう、ということだ。少なくとも以前の自分はそうだったように思う。
こういった因果関係を誤解している例というのはおそらく自分自身もまだまだあるように思っている。つまり早寝早起きの例で言えば早く寝るということではなくて早く起きるということを努力して苦労してしまっているということだ。
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