書く実験の記録

#616 VJにおけるテック・スペシフィシティ

この話題については本当に色々な考えの人がいると思うのでこれか書くのはあくまで私個人の経験に基づく私個人の考えでありそれが正しいと思っているわけでも他人にその考えを押し付けようと思っているわけでもない。

というようなことを毎回冒頭に書きたい気もするし、そもそも全部がそうなので書かなくてもそうなのだという気もするし。

それほど多くはないがクラブでVJをしたことがある。要は映像を出す人だ。そうは言っても映像だけではなく他にも演出機材を自分で持ち込んだりしてよく遊んでいたのだけど。今回は映像の話。

VJとしても映像制作者としても特に経験が多いわけではなかった私は、考えた。自分だからできることはなんだろうかと。もちろん自分だけしかできないことというのはまあ正直言ってない。完全なオリジナリティなど人類史のとうの昔に枯れ果てただろう。

しかし、そこまでの話ではなく、まあ自分がやることの意味性は何か、と考えてみたという程度の話で。私は先述のようにVJとして経験が多いわけでもなく熟達しているわけでもなく、映像制作者としてもまたそうではなく、世にいるそのようなことに長けた諸先輩方に比べて、少しだけ私ができるかもしれない、少数派かもしれないことは、プログラミングによるリアルタイム映像生成、いわゆるジェネラティブな映像を作ることだった。

まあそれはいいとして、じゃあジェネラティブな映像だからなんなんだと。鑑賞者にとってジェネラティブかどうかなんてどうでもいいことで、まあそれはもっと言えばクラブにおいてはやっぱり音が一番大事で(それは自分が客である時にそう思う)、それに比べるとそれほど重要ではない。

とは言えまあ何かしらの体験価値は存在するとして考えると、その技術だからできることはなんだろうと考えると。これは私はいわば「テック・スペシフィシティ」のようなものと考えていて。広義にはメディウムスペシフィシティに含まれるのだと思うが。続く。

2025-02-27

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