書く実験の記録

#619 テクノロジー悲観主義 / 技術とテクノロジー / できる、とリソース

最近どうもテクノロジーというものに対して悲観的な気持ちになってしまっているように思う.こういうのはどうやらテクノロジー悲観主義つまりテクノペシミズムとか言うらしい.その逆は楽観主義であってテクノオプティミズムなどというそうだ.

これが主義というほどのものなのかわからないけれどもややネガティブな気持ちになってしまっているのは事実だ.それももちろん環境のせい環境というのは自分を取り巻くあらゆるもの身近なものから世界の情勢まで全て含むそういう環境にもよるのかもしれないし自分という人間の状態にもよるのかもしれないしもちろんテクノロジーによるのかもしれない.

どこからそういう影響が来るのかわからないけれども今までの人生の中でテクノロジーに対して一番悲観的になっているように思う.自分の場合はインターネットはポジティブに捉えていたしそのおかげでいろんなことができたと思う.

もしインターネットがなかったらもっといろんなことが学ぶことができなかっただろう.学ぶこともできなかったし作ることもできなかったと思うし.そのことでできるようになったことはたくさんある.

もちろん結果としてそういうルートに入ってしまったということが結果として正解だったのかどうかというものは自分にはわからないし誰にもわからないしそしてわかることはないだろう.

話は少し変わるが,リクルートの人だったかなどこかの人か忘れたけれども経営者とかプロデューサーとかそういう人たちの支店の話をしていたのかな?まあ相当うろ覚えの文章の一部なので何とも言えないところがあるが.

何かができるということは何かのリソースになってしまうということだよ.ということを誰かが言っていた.これは何かができるということできるようになることで何かができるようになる何かが作れるようになったりとか何かが実現できたりとかそういうことを目指していた.

まあそれはもちろん過去形ではなくて今もそれを目指しているんだけれどもそういうものを目指していた自分にとってそういう方向性を進もうとしていた進んでいた自分にとってそれはかなり感情的にはなかなか受け入れがたく反感を持ってしまうようなものだ.

それはつまりよく揶揄されてしまうような.当方ボーカルバンド募集みたいな.これは別にボーカリストを悪く言ってるわけではなくて.このなんだろうなフレーズというかこれは何を意味しているかというと結局自分では何もできないがチームを募集して何かをしてもらおうということだ.

とはいえここのできるできないには大きな問題があると思っている.いや問題って言うとネガティブな感じがするので大きなトピックがあるというようにフラットに行っておこうか.

何かができるということもしくはできないということ.これは技術の話だ.技術とテクノロジーというのは日本語と英語の違いというものもあるし単純に.しかしニュアンスとしての違いは結構重要だと思ってセンシティブに使っているんだけれども.

以前技術やテクノロジーにまつわる文章を書いた時.技術というのは身につけられるもの自分が何かを身につけて何かができるようになる技だと思っている.一方でテクノロジーというものはそれはテクノロジー単体で存在するものであって自分ができるかできないと関係ない.そういったものとして扱っている.

これはまあ辞書的な意味ではどうかということを今言ってるわけではなくて私自身はそのようにわずかなニュアンスの違いだけれどもそのように使い分けているというかそういう風に捉えているということだろうか.

このできるかできないかという話とそもそもできない方がいいのではないかという話であったりとかできるということはリソースになってしまうということであるという昔読んだその一節に対しての考え もしくはその時に思っていたことと現在 この AI というものとかロボティクスというものがいろいろなことがまさにできるようになってしまっているできるようになってしまってきてしまっているちょっと日本語がおかしくなったな.

そういうタイミングにおいて改めて考えてみるのは意義があるように思っている.

2025-03-02

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