#627 足が速い、遅い / もし世界に人間が一人なら

最近ちょっと運動不足になっているなと思っている.まあもともと子供の頃から運動が得意なタイプではない.よく言われてることだが生まれの子供だったので体も小さかった.
早生まれの子供というのは特に幼少期においては成長のための時間が例えば4月に生まれた人間と3月で生まれた人間だと同じ学年でも1年間違うことになる.4月に生まれた人のことを何というのかあまりよく知らないが早生まれの反対ということになるのだが遅く生まれているわけでもないし何と言うんだろうか.
とにかく3月生まれと4月生まれでは今の学年の制度だと幼少期は特に1年間分の不利なところが3月生まれにはある.これはもちろん頭脳もそうだし体もそう.というか頭脳というものも所詮体の一部なので肉体なので.
話は戻すがまあとにかく私は小さい頃運動というものがあまり好きではなかった.好きではなかったから苦手だったのかもしれないし苦手だったから好きではなかったのかもしれないそれはどちらかは分からない.
ここで言う苦手だったというのは他人と比べてということである.個人として評価するのであれば個体として評価するのであればそこには得意も苦手もないだろう.まあ意識の上での得意とは苦手はあるかもしれないが.
比較はありえない.この世界にもし1人の人間しかいなければその人間が足が早いか遅いかという基準は存在しない.なぜならその一人しかいないのだから.一人しかいないのだから足が遅いとか早いとかそういったものはなくなる.
つまりそのような足が速いとか遅いとかいう概念は結局は比較から生まれてるのだということになるだろう.他人と比較してしまうのは良くないなどと言うけれども.結局この世界はもし1つの個体しかいなかったら存在しないような概念がたくさんある.
あらゆるシーンで競争は存在する.もちろん競争が存在するということと競争が強いられているということは違う.
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