書く実験の記録

#633 決められない、について

最近ロジカルシンキングについて話す機会があった.物事がうまく決められない時であるとかうまく決められない人であるとかまあ色々なケースがあると思うけれどもまあとにかく物事がうまく決められない決まらないということが往々にしてやはりみんなある.

決めるということ自体は難しくない.決めるだけだ.別にサイコロを振って決めてもいいし鉛筆を転がして決めてもいい.決めるだけだから.ただ実際には決めるということは難しい.

矛盾するようだけれども決めるということ自体決めるということただそれだけであれば難しいものではない.自分に何の影響もなく何の責任もなくそして何の精神的な負担もないようなものであれば誰しもがそこには全然苦労しないだろう.つまりはそういうことだ.

決めるということ自体は難しくない.けれども決めたことにまつわる様々なことがそれを難しくしている.無限の時間と無限のリソースを持っていれば決める必要すらない.

いや結局は何かは決めているんだけれども例えば A か B か悩むとしよう.A をやるか B をやるか.a を買うのか b を買うのか.みんな悩むのはリソースが有限だからだ.

例えば10円のお菓子があったとして a を買うか b を買うか悩んだとしよう.いや悩んだというか迷ったというか.両方気になっているとしよう.

そういう時に a を買うか b を買うかで長時間悩む人はおそらく多くはない.10円で悩むのであれば1円でもいい.1円で手に入る何かが2つあったとしてどちらにするか悩む.

おそらく多くの人は1円のものに丸1日悩むよりは.どうせ1円だから2つとも買ってしまおう2つも手に入れてしまおうと思うだろう.そういう判断をするだろうと思う.もちろんよほど節約好きであるとかまあいろいろな事情はあるだろうが多くの人は一般的に考えると丸1日悩むよりは2円払って両方手に入れるのであろうということはおそらく間違っていないように思う.

つまり決めることを邪魔しているのは必要なコストである.0円だとしてもすごく時間がかかるとか.仕事も選択肢でも a を作るか b を作るか悩んだとしてどちらもコストが安くてそして作る前にうまく判断ができない.なおかつ時間はないわけではない.となれば両方作ってみればいい.

両方作ってみたら解像度が上がるだろう.結局判断できないのは判断する材料が足りないからだ.判断する材料が足りないのであれば判断する材料を手に入れるか.判断する材料を手に入れることができないのであれば材料が足りない状態で判断をするか.

そして判断する材料が足りない状態でした判断は不完全なものである.そうは言ってもそもそもまあ完全な判断っていうものはないしどれだけ材料を並べても完全にはならない.そのことを常々非常に痛感している.決めるというのは不完全さを受け入れるということ.誰かに任せるということも不完全さを受け入れるということ.

とりあえず試しに何かをやってみる.とりあえず.試しに.やってみる.

2025-03-17

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