書く実験の記録

#325 散らかった頭の中

今もっと先にやらないといけないこととか、返さないといけないメッセージとかがあったりするわけなんだけど、どうしてもそういういろんな考えないといけないことで頭がいっぱいになってしまって一度整理したい時がある。

そういう時は一度紙に書き出すといい、というが、まあ書き出すだけで何か救われるということはまずない。

色々やらないといけないな、と思いながら、とはいえ完全に毎日書いているわけではないがもはや半分日課のようになっているこれを書くということをやっている。

何の価値があるかわからないがやりたいことはある。まあ平たくいうと趣味みたいなもの。じゃあこれが趣味なのか、というとそれはよくわからない。趣味としてやっている、というとなんか違う気もする。

今日はいつもにもまして散文的だ。散り散りばらばら。極めてばらばらだ。でもまあそういう時もあっていいだろう。お金をとっているわけではない。

前に自分で展示をやって無料きてもらうことがあった。まあなんというか、一応二人でやった二人展みたいなものだったが、テーマの縛りも少なく、まあ好き勝手やった。結果的に別に何か大きな評価もされなかったが、一部の人からはすごく面白いと思ってもらえた。

別にお金にもなっていないし、その後の人生につながる何かのきっかけやチャンスになったわけでもない。だけど、これやってみたら面白いんじゃない?というのをやった。批判されてもどうでも良かった、というかまあ、好きでお金出してやってるんだから好きにしていいじゃん、という気持ちだった。

これは普段からそういうことをしている人からしたら当たり前のことなんだと思うが、普段はクライアントワークをしているし、エンジニアリングや表現にお金を取っている。それはそれで好きでやっているし、そういう制約の中で頭を捻るのも好きだし、問題解決を一緒にしていくのも好きだ。

あとはクライアントワークではないにしろ、ここでこういう作品を展示してほしい、という、まあある程度のクオリティと成功を約束しなくてはいけない、と少なくとも自分ではそう思ってしまうようなこともよくある。それも好きだし、そういう依頼をいただけるのもとてもありがたい。

あとは、コンペに出したりとかも、本質的には誰か他人に評価される場所だ。まあコンペだからそれは当たり前。

とにかくそういうもの全てではなく、あらゆるそういうものではなく、大して人も観にこないし、思いつきでやって思いつきで変えるし、優先順位や意義、結果も考えず、まあとりあえずやってみたそれは、自分の精神衛生にはすごく重要な意義があった。

この文章も今ここまで書いてきて全く何を書いているのか、という感じだが、もっとやらないといけないことがありつつこれをやるのは、ある種のリラクゼーションというかマインドフルネスというか、いやもっと本質的な、うーん、、、なんだろう?何か重要なことなんだよな。

2024-02-05

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