#330 継続は力だが
継続は力なり。と言うけれど。継続は毒である。と言うこともできるのではないかとふと思う。継続とは継続している状態であって、ゴールがない。まあなんだ、何かの目標に向けて何かの練習を継続すると言うことはもちろんあるのだけど。
それだと、継続が主ではない気がする。何かを達成するために継続があるのだ。何を言いたいのかよくわからないと思うが、私もよくわからない。
つまり、思ったことを端的に言うと、継続したら何かいいことがあると思って継続することは、時にやらないより悪い結果を生むんじゃないか、と言うこと。時間は有限で、体力も有限。生きるということは基本的に有限のリソースを何に割り当てるかのゲームということになる。
そのゲームの結果として、生命は繁殖することができる。「繁殖するぞ」ということを常に考えながらあらゆる生命が生きているわけではない。この辺は勘違いされがちだ。繁殖するのも絶滅するのも結果でしかない。そして繁殖したいと思って存在する生命の個体はない。ない、というとじゃあ子供が欲しいという気持ちはどう説明するの、ということになるが、なんというかそれもシステムとしての生命の一環であって、気持ちがあるから繁殖してきたわけではない。
例えば私はここ数年英語力の向上に取り組んでいるが、まあ正直いうとちっとも上達した気がしない。それでもやらないよりはやったほうが毛ほどでも前に進むということはわかるし、私もそう信じてやっている。しかしここにゴールはない。達成がない。
もちろん理想的には、こうありたいなというものはある。今でも外国の方と、とまあ外国にもいろいろあるが、まあ英語を通じてコミュニュケーションをとるのが一番ケースとして多いので英語とするが、とにかく話せるといいなと思う。
お仕事において話せたほうが良いシーンもあるし、プライベートでもある。だけど、今のところまだ全然そこには達していない。いつ達するかもわからない。
毎日話す機会があるわけではないので、まあ毎日例えば最近だとスピーキング(AIとアプリで話すやつね)を25分、YouTubeでリスニングを25分やっている。
毎日話す機会があるわけではないと自分で書いていて、じゃあ機会を作ればいいではないか、と突っ込んでしまったが。それはそうだ。しかしここで今日の本題になるだろう。
以前はDMM英会話とかいくつかのオンライン英会話サービスを試して、それもそれなりに継続していたことがある。しかしこれまたびっくりするほど上達しなかった。多分だが、自分には語学を学ぶ素養があまりないのだと思う。少なくとも他の人と同じ練習量で同じ到達点にはならないような気がする。そう思ってしまうくらい全然上達しない。
これをもちろん、もっと頑張ることはできる。もっと一日何時間も取り組めば、毛先ほどの上達も少しは早まるだろう。しかしだ、その時出来上がるのは、下手な英語だけができる普通の人だ。
ここまで書いて13分50秒。あー、もう時間がない。あと1分10秒でなんとか完了したい。投稿完了したい。
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