書く実験の記録

#353 ライブは生きている

おはよう.こんにちは.こんばんは.これをパッと開いてパッと筆が進まない日.仕方がないので何でもいいから書いてみようと思い出てきたのがおはようである.今は朝なので.

先日イベントやった.これについてはここの場所ではないどこかできちんとしたものをアウトプットすると面白いと思っているんだけどもまずは雑感を.全く整理整頓されていない本当にただの雑感を述べる.

コンテクストについてもあまり説明はしないのでこいつは何を言っているんだという感じではあると推測される.まあ仕方がない.

繰り返しになるが先日イベントをやった.疲れていると考える能力が落ちるしいろんなタスクが抜け落ちる.あとはピンチの時に IQ は低下しないということが大事.

この辺は正確にもよるし場数にもよると思うし何が決定的にそうできるのかわからないけれどもやっぱり困った時にちゃんと落ち着いていて頭が働いてる人っていうのは非常に頼りになる.

頼りになるなと周りからも思われるしいざという時に頼られる.素晴らしいことだ.自分もできるだけそのようになりたいと思っているけれどもまだまだ自分よりもその部分で優れている人はたくさんいて大変ありがたいと同時に自分の不足を感じてしまう.

それと同時にまあトラブっている本人はどうしても考えなくてはいけないことがたくさんあってそれに対して第三者というものは当然本人よりは何か落ち着いているというのはおおむね世の中そうであるはずだし.

あとはやっぱりトラブルとかというのはうまくいかないというのはまさにその場で起きているということだしライブであったりとか生であったりとかそういう存在感っていうものをその現場現象に与える.

ライブとか生であるというのはまさにその文字通り生きているということだ.現場は生きている.その現場は生きていた.

そもそももちろん失敗は許容される場面と失敗が許容されない場面というものはあるだろう.失敗の度合いにもよる.ただ自分も高いお金を出して見に行ったアーティストが全体としてはもちろんちゃんとライブできているんだけれども一部仕組みがうまく動かないことがあってしかしそれに対して何らネガティブな感情を抱かなかった.

なんならいつも動画で完璧に動いているものを見ているそのアーティストがまさにそこに生きて存在しているしそのライブというものはそこで生きて存在しているのだなと感じて感動したものである.

それはおそらくライブというものにまあいろいろな種類のライブがあるんだけれどもあるわけだけれどもまあそのいずれのライブという意味であったにしろ行く人にとってはよく行く人にとっては当たり前のことなんだろうけれども.

今気づいたけれども書く時間を最近はさらに短く設定しているんだが今日は忘れていて以前と同じ時間書いてしまった.終わり.

2024-04-02

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