書く実験の記録

#354 他人を期待をしない、について考える

他人に期待しすぎないということについて最近よく考えている.最近のテーマはいくつかあってこれは明確にあらかじめきちんとそう考えていたというよりは流れ的にそれが必要になってきたということなのだと思うが.いくつかのテーマというのは1つは仕事ややるべきことを減らすということ.

もう一つはよりよく他人に任せるということ.あとはとりあえず試しにやってみるということ.そういうことの中の1つにおそらく他人に期待しないということが入るというか含まれたりするということなんだろうか.

きっかけは1年前だったか2年前だったかわからないが友人と話していてあなたは他人に期待しすぎなんですよということを,あまり覚えていないが自分が何かの悩みをこういうことを悩んでるんだよねということを話して相談に乗ってもらった時にアドバイスをもらったような気がする.

それからそのことはずっと気にしている.はたして他人に期待をするもしくはしないということはどういうことなんだろうか.もちろんこれはただの一つの言葉であってその言葉一つであらゆるものを判断することができる閾値となるような明確なものではない.

判断の基準も判断の対象も定量的に計測できるものではないしどれだけ頑張ってもそんなにスッキリと自動的に何かをできるわけではない.それはまあ分かっている.何かしらの判断の基準として,少なくとも自分が今までうまくいっていなかったと思ってる部分についての何かの改善になればいいと思っている.

では他人に期待をするもしくはしないということはどういうことだろうか.言ってることはわかる.他人があれこれやってくれると期待してそして勝手に期待して勝手に質問するのなんて何センスだし無意味だ.

自分でない誰かというのは当然自分ではない.コミュニケーションやインセンティブが大事それはわかる.セキュリティの世界ではゼロトラストという言葉があって.

ゼロトラストとは、セキュリティ対策の考え方の一つで、社内ネットワークであっても全ての通信を信用せず、常に認証と検証を行うことを指します。

従来のセキュリティ対策では、社内ネットワークは安全であると考えられていましたが、ゼロトラストでは、社内からの脅威も想定し、全ての通信を検証します。

つまり、ゼロトラストとは、「誰も信用せず、常に確認する」というセキュリティの考え方なのです。この考え方に基づくことで、より高度なセキュリティ対策が可能になります。

これは通信や認証の話だけれども例えば何かチームで何かを行うということだったらどうだろうか.ここでは何かこう漏洩してはいけないようなものがチームの誰かから漏洩するというようなそういう懸念の話は一旦置いておこうそういうケースではない.

そうではなくて何だろうねまあ例えば出ると言ったミーティングに出るかどうか.出ると言っていたミーティングに出ない.というのは簡単に言えば困る.困るようなことだ.

困っているというのは期待と違う行動されているということだ.勝手に期待したというよりはミーティングには出るという意思を表示されて行為したはずなのに出ないということなので事前に勝手に期待したというケースとは違うだろうこれは.

しかしとにかく合意はしたもののミーティングに出ない.ではこれに対してどのような感情を抱くべきだろうか.

まずそれに対して何かしらの複雑な感情を抱くというのはその時点で相手に期待をしているということだ.それは間違いがない.その人がミーティングに出るということを期待している.私はそのことに期待していたのでそれが実現されなかったことに複雑な感情を抱いたということだ.

しかしまず相手がミーティングに出ないという前提に立ってしまうとどうなのか.

2024-04-03

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