書く実験の記録

#375 時間を取る/器

時間を取る,ゆっくり時間を取る,時間をとって考える.短時間で素晴らしい考えに至るということももちろんあるんだけれども,そもそも絶対的にやはり長い時間考えてみるということを大事さということについて昔読んだ本に語られていたように思う.

ドラゴンだったが忘れてしまったが僕はそれに痛く感動して,いやそうだな感動という表現はちょっと違うかもしれないが非常に腹落ちというかなるほどねというような気持ちになった記憶がある.

今こうやってテキストを書いている時もこれは時間に制限を設けている.非常に短い時間だ.非常に短い時間で何かしら何でもいいので室にかかわらずアウトプットするというのがある種のテーマになりつつある.

それはそれで練習としては意味があると思うし普段短時間で何かを得ると出さなくてはいけないということも正直ある.ただ実際にそういうことがあるからと言ってそれが正しいことであるそれが素晴らしいことであるそれがあるべき姿であると思うかどうかそういう風に扱うかどうかというのは別問題だ.

今そうあるということと,そうあるべきかどうかというものが違うということは非常によくある.までもなくその状況がおかしいということはみんなが薄々気づいてるという状況はある.なぜかその状況が変わらないものである変えられないものであると考えている,考えてしまっているということもまた多く見かける.

そうは言っても自分自身を含めあらゆる人間が何かはあらかじめ与えられた条件や制約であるとして受け入れてまた別の何かは変えられるものであると認識してそのように動く.

少し話は変わるけれども人間の器という言葉があるだろう.あれはもちろん非常に抽象的な概念で特に何かを具体的に計測が可能なようなものではない.私はその計測ができない器というものを感じることがある.

この人は器が大きいなすごいなそんなふうに感じて尊敬をする相手というものは存在する.その感覚は何だろうかということがしばしば気になる.

2024-05-02

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