書く実験の記録

#377 印象に残る文章を書く

どうしたらあの人のように,自分がこの人の文章はなぜだか記憶に残るなと思ってる人のように面白い文章を書けるんだろうか.面白いというのは1つの切り口としてつい使ってしまいがちだが狭い意味での面白さというわけではもちろんなくてここでいう面白いというのはまあなんだろうな興味深いとかもしくは記憶に残るなぜだか印象に残るそういったものだろう.

改めて言い直すとどうしたらあの人の文章のように理由はわからないが記憶に残る印象に残るような文章を書くことができるんだろうか.そういうことになるだろう.

という文章で始めてみたものの実際のところそういった素晴らしい文章を書きたいというかこの場ではそういう素晴らしい文章を書くのであるというような決意をしないからこそ続けられているというか.全く逆のことを言うようだがここはそういう場ではない.

いつかそのような印象に残る素晴らしい文章というものを自然と書けるようになることができたらいいなという風に心の中のどこかでは思っているが難しいところなのだがそのような願望というものを前面に押し出さない方が続けることができてその続けるということがいつかそこにたどり着くかもしれないという可能性について一縷の希望を抱いているという言い方もできるだろう.

そうは言っても本当にそうなんだろうか.相変わらずややこしいことをグルグルと考えているなと思う.本当に自分はいつかあのように素晴らしい文章を書きたいと思っているんだろうか.いつ買わないように素晴らしい文章を書けると思っているんだろうか.

自然と少なくとも今のやり方で今のやり方の延長線上に自然とこの場所にそのような素晴らしい文章が生まれるのかと言うと生まれるのかと生まれると思っているのかというと実際のところそんなことは持っていないような気もする.

何を言ってるかよくわからないと思うが自分でも何を言ってるかよくわからない.全く何を言ってるかよくわからない文章になってきた.

そもそも今日これを書き始めた時に初めに思っていたことは何かというとしばらくして前半を切ってみたらどうなるんだろうということだ.つまりどこか途中まで書いたというか文章のうち前半と後半というものがうまく分けれるものなのかどうかもわからないがとにかく分けるという可能性にかけてみるというか試しにそういう風にやってみようということだね.

自分でこう書いていて何々というかという風に文章をつなげることがすごく多いように思う.あとは時折何とかだねというような語尾を使ってしまうことがある.

音声入力をしているとどうしても話し言葉としてそういう風な文章になってしまうこともあるしただあまりそれは好ましくないなと感じていてできるだけそうしないようにしている.

自分の趣味は何なのかと時々問われるシーンが未だにあるがこれはなかなか難しい質問だなといつも思う.今日はすごく話題が飛んでいる.

例えば会社に入ってきた新しい人にまあ色々とご自己紹介とか雑談をしていて趣味は何なんですかと言われるとしよう.これは非常に悩ましい.

そもそも趣味というのは非常に内的なもの個人的なものであって私的なものであるプライベートなものであるにも関わらずしかしここで言う趣味というのはパブリックなもの公的に認められる趣味としての趣味というものを述べるシーンだ.

プライベートなものを吐露することが求められてるのではなくてそれはコミュニケーションの一部として適切なコミュニケーションを円滑に補助するために適切なキーワードとしての趣味というものが求められていることになる.

というような文章を書いていって6分経ったわけだけれども手動だとキーボード入力だとやはり6分間でこんなには入力できないような気がするし音声入力というものは素晴らしいものだと思う.

5年前いや3年前だったらこんなにも簡単に精度が高い音声入力はできなかったし,今これがある状態で生まれて生きている人達っていうのは羨ましいなと思う.そんな風な技術の発展というのは常に誰にとってもどの世代にとってもあるようなものだけど.

2024-05-04

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