書く実験の記録

#381 言葉の万華鏡:日々の彩りと無限の思索

何か大きな完成品を目指す文章、というものではない、継続的に、または断続的に、成果物というよりは書くこと自体に、または副次的にそれを通して何かの効果があるような行為としての「書く」ということには自分にとって幾つかの種類があるように思えてきた。

例えば一つは日記。こういうことがありました、ということから始まる。もう一つとして、ポエム。ポエムと詩の違いが何かということについてここに明確に論じることは今の自分にはできないので、ここでは一旦イコールとして考えておく。

もう一つは何かのテーマについて繰り返し考えてみたり。これはなんだ、エッセイ的なものか?いやエッセイが何かよくわかってないところがあるので適当に言ってしまった。違うかもしれない。まあとにかくそういうもの。これで3つだ。

あとは何かのテーマについて書くともいえない、でも事実を書く日記でもなく、より抽象的なポエムでもなく、もっと散文的な、いや散文?これも定義があっているかよくわからない。私はよくランダムウォークと言うのだが、何かの座標から例えばスタートして、そこから方向を定めずに適当に歩いていく。文章を繋げていく。

繋げていく、というと音の遊びみたいな感じなのでそういう意味ではなくて。まあなんだろう、思考を繋げていく。つまりまああんまり一貫性はない。横滑りしていってどこにいくのかよくわからない文章。でも詩的というわけでもない。

4つ出てきてしまった。

あとは絶対に人に読まれないという安心の上で書く、感情を吐き出す場所みたいなものもあっていいのだと思うのだが、実は自分にはそういう場所はない。今のところ。

2024-05-11

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