書く実験の記録

#386 立ち止まる時間と思考と音声入力

今日はこれを書くぞと思ってエディターを開いてから約1分何も書かずに止まってしまっている.止まってしまっていた.しまっていたか何もせず何も考えずにぼーっとしてしまっていたのかと言うとそんなことはなくて頭の中でいろんな文章が進んでいたんだけれどもいずれも特に書き出すようなものではないというかもしくは吐き出せるようなものではなかったりしてそういうことはある.

考え事に深く集中している時というのはやっぱり周りの出来事が見えなくなったり感じなくなってしまったりしていて例えば目を開けているけれども写っているものはほとんど気にしていないというかまず見ていたのかすら覚えていない.

間違いなく目から光は入っていてそのことを知覚しているということは間違いなく言えるはずなんだけれどもにもかかわらず何を見ていたのかどの辺に目線を送っていたのかというかどういう像を結んでいたのかということ全く覚えていないし全く意識をしていない.そして考え事から帰ってきた時にふと目の前をしっかりと認識するわけだ.

話は変わるが今こうやってこれは日本製入力をしているのだけれども最近音声入力の性能がどんどん上がっていてと言ってもまあ最近ここ1週間1週間前よりすごくは上がったのかというような具体的なことがわかるわけではないんだけれどもここ数年というスパンで見ると間違いなく異常なレベルですごく上がっているような気がする.

これはかなり早口で喋っているしつまりその会話で誰かと話す時にはこんなに早く話さないよね話すのはちょっと聞きづらいしまあ人間相手だったらこんなスピードでは話さないよねというスピードで話している.

またキーボードで入力してもこんなスピードで入力することは自分にはできないなと思うしそういうスピードで喋っている.職業柄キーボード入力は消して一般的なレベルに対して遅いわけではないはずだけれどもそれにしたってこんなスピードで文章を入力することはできない.日本語というのは変換が挟まるのでどうしてもそんなスピードで出すことはできない.

だから仕事をスピードアップしようとしていくと音声入力を使っていくというものは間違いなく必要なことなんだと思う.まあ実際例えばプログラミングをする時っていうものは手を動かしている時間よりも考えてる時間の方が長かったり調べ物をしてる時間の方が長かったりということはするのであって実際にコード書くスピードがキーボードの打つスピードが速くなったところで根本的なところは早くなるわけではないし本質的なところはそこではないんだけれども.

まあそもそも現在プログラミングというものは音声入力に対応できるような文章構造ではないこれは非常な問題だと思う.つまり音声入力できるようなプログラミング言語みたいなものがあったらいいんじゃないか面白いんじゃないか.

というような文章をわずか23分で打ち込んでいて打ち込んでいるというか音声入力をしているんだけれども,この文章量はやはりキーボードで打つことはできない.まというようなことでここ数年音声入力を大変気に入ってるわけだ.一方で音声入力が使える環境というものは限られていて例えばオフィスでみんないる時にみんな音声入力を使うということは難しいしもしくは何かきはずさ気恥ずかしたみたいなものもあるもちろんその公共の場でもそれを仕事でまあなんかちょっとねちょっとした仕事のことをスマートフォンに入力したりということはできるけれどもそれをじゃあ音声入力をするかというとそれは難しいだろう.

家で仕事をしたりという個室があるという状態っていうのは非常に多分音声入力と相性が良くてこの辺の社会状況と相まっても普及していくのではないかというか普及させていくと生産性がすごく上がるんじゃないかなと思う.

もちろん 世の中というか 現実世界には音声とかキーボードだけで文字を入力してから何ができるわけではないような仕事の方が多いというか もはやそういう仕事はどんどん AI に置き換わっていってそうではなくて現実世界に直接 干渉するような仕事こそ人間ができるようなこととなっていくような気がするのでまあそういう状況で このことにどういう意味があるのか ってことは分からないけれども やっぱり 同じ時間において 圧倒的に音声の入力やが多いということには間違いなくここには未来があるだろう.

逆に言うと文章量がちょうど良いというか長すぎると誰も読まないというか自分自身すらも後から4回読み返す気がないので短めに済ませるといいなと思っているんだけれどもそのために今この文章を書く時間っていうのがだいたいまあ実は4分ぐらいに設定していてなんだけどちょっと音声入力のしかスピードアップしすぎるとこんな風にわずか45分であっても大量の文章を入力できてしまっていてそのことはちょっと制約というか制限に反しているんだよねだから文章量自体で時間で区切るなんてなくて文章量自体でなんとなく区切ることが必要なのかもしれないね後から読み返すということの文章量の適切な量を保つという意味で言うとそうなるのかもしれない.

2024-05-18

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