書く実験の記録

#389 紫の石を探す飛脚の話

前回これを書いたのはいつだろうということを毎回振り返ってるように思う.日付を見ると前回書いたのは5月20日.今日が5月27日なので約1週間空いたことになる.もしかしたら今年これを書き始めて一番空いてしまったのかもしれない.

記憶と話題だけれども継続についての話を最近見た.おそらくそもそもの継続自体をやめないための方便なのだが.継続したいという気持ちがあるのであればそれが途切れてしまったということを気にしないというかそもそも途切れていないと思うという方法について書かれていた.

いわく何だったっけな毎日何かをやっていたとしてもどうせそれを24時間継続してやってるわけではないしまあそこにはやっていない時間が挟まっているわけだからもしそれが1日空いてしまおうが1週間空いてしまおうが1ヶ月空いてしまおうがそれは同じことであってまた続けることでそれは継続であると考えれば良いというようなことが考え書いてあった.

まあそれは非常に笑っちゃうような方便のような気もするしけれどもこれはきっと大事な考え方で本質的な目的は何かというと継続そのままではなくて継続を通して何かを手に入れることであるけれどもしかしその継続と落として何かを手に入れることというものを意識しすぎるとその継続自体はうまくいかないので人々はみんな継続自体に意味があるというか継続のことだけを見て続けるというような話をしているわけだね.

昔祖父母から聞いた昔話だったかどこかの本で読んだんだか忘れたけれども江戸時代だったかな荷物を運ぶ飛脚がすごく走るのが早い人がいてそれがなぜ早いのかということをその同僚の飛脚の人がその走るのが早いというか到着が早い人に対して聞いたところを紫の石がないのかずっと探しながら歩いているというような話だった.

これは完全にうろ覚えの記憶を掘り起こしているのでおそらく細部は全然違うんだろうと思うけれどもこれも結局継続の話であって目的地に着くためには目的地により早く着くためには目的地のことを考えずに目の前に紫に石がないのかどうかということだけを考えて歩いていると結果的に他の比較よりも早く目的につくぞというような逸話である.

継続についての逸話話はだいたいこれに集約されると思っていて継続自体は目的ではない.目的ではないんだけれども継続のこと自体を目的にしすぎると目的も達成できないしというまあ矛盾というか人間の心理としての矛盾を抱えているということだと思う.

でもまあ方向自体が間違っていたらやっぱりそもそもうまくいかないわけというか間違った場所についてしまうわけだし目的地に着かないことになる.

2024-05-27

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