書く実験の記録

#401 習慣化した文章と質の追求

今日は月曜日。そしてこれは401個目の記事になる。だいたい1年間に100という区切りがいいところを求めてやってきたように思う。だから0から100、100から200、200から300は過去3年間それぞれの100日間だったということになる。

その100日は必ずしも連続しているわけではなくて、1年間のうちのどこかの100日ということになるだろう。

ところが今年はちょっと色々なものを変えてみたところで、思ったより早く進んでしまったので、この6月10日時点ですでに100書いてしまった。しかし残りの半年間を全く何も書かないというのは、もはや何だか習慣化してしまったこれを続けないという気持ち悪さに繋がってしまう。このまま続けるのかどうするのか非常に迷うところだが。

(ここまでGPTによる清書。ここからはGPTによる続き。)このように早く進んだことは、自分のペースが変わった結果なのかもしれない。新しい方法や取り組みを試してみたことで、意外な発見や成果があったのだろう。しかし、これが一時的なものなのか、それとも持続可能なペースなのかはまだわからない。

残りの半年間も書き続けるべきか、それとも一度ペースを落としてじっくり考える時間を取るべきか。これからの方向性を見定めるためにも、自分の目標や目的を再確認する必要があるかもしれない。

文章を書くことは自分にとって重要な習慣となっている。それを続けることによって得られるものは多い。しかし、ただ続けるだけではなく、質を保ちながら続けることが大切だと感じる。

(原文)今日は月曜日.そしてこれは401個目の記事になる.だいたい1年間に100という区切りがいいところを求めてやってきたように思う.だから0から100,100から200,200から300は過去3年間それぞれの100日間だったということになる.

その100日は必ずしも連続しているわけではなくて1年間のうちのどこかの100日ということになるだろう.

ところが今年はちょっと色々なものを変えてみたところで思ったより早く進んでしまったのでこの6月10日時点ですでに100書いてしまった.しかし残りの半年間を全く何も書かないというのはもはや何だか習慣化してしまったこれを続けないという気持ち悪さに繋がってしまう.このまま続けるのかどうするのか非常に迷うところだが.

2024-06-10

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