#419 飽きる
今日は筆が進まない.例えばそういう風な時に,いやまあ今がまさにそれなんだけれども何も思いついていないというわけではない.何も思いついていないわけではないみたいな話をしてとりあえずお茶を濁すことはできる.
もしくはそうだな書く前に何かを持っていたとしてどうもそれが書くのにふさわしくないようなことであるというようなこともある.例えば今日であれば今であれば何を書こうとしたのかというと…と説明したいところだがそれすらもあまり覚えてはいない.
そう書いている最中に思い出したがそうだな飽きるということについてだな.そもそもそういうとりあえず何でもいいから書こうということで結局同じようなことを書いているということに対して飽きたなと思っていて何か違うことをしなくてはいけないという風に考えた.
としてではその違うこととは何だろうかということともう一つは飽きるとは何だろうかということについて考えた.考えようとした.
まず先に公社について考えてみると飽きるということは何なのかといえばまあここで学術的な定義を述べようとするつもりはなくてあくまでも自分にとってはどのようなものだと少なくとも今この瞬間とらえているのかということにすぎないんだけれども.
何をするにも飽きるということが一番最大のハードルになるような気がする.一方でそのではなぜ飽きるのかといえば飽きるということが意味があるからではないだろうか.全てそこに全てそこに何でも帰結させることがそのような考え方が良いものだと思っているわけではないけれども.
生物学のように考えてみると人間が何かに飽きる生物が何かに飽きるということもそのどれが何がどの程度が切るのか何に対して飽きるのかもしくは飽きないのかということもそれは生存に影響してきたはず.
様々なパラメーターが無限にそれこそあってそれとその場の環境みたいなものの組み合わせで今生き残ってきてる人類とかや生物というものはその結果である.もちろん結果であると同時にリアルタイムに住んでいる家庭でもある.家庭です.まあうまく変換してくれないね.
つまり結果でもあり家庭でもある.進化というものの先端であり途中である.そういう風に思うといろんなことに諦めもついてくる.諦めもついてくるし何かこう良い諦めというかまあ仕方がないかな頑張ろうみたいな感じになってくる.
まあそんなにうまくいかなくていつもそのように前向きになれるわけではないけれども.
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