書く実験の記録

#453 期待の複雑さ、書き直しの試行錯誤、現代の働き方

今回は珍しく、というか今までで初めてかもしれないが、一度書いたものを全部消した。あまりにも何を言っているかよくわからなかったからだ。書き方自体を変えてみたことも原因にあるだろう。

そうはいってもここは書き方を試す場所なので、全然意味のわからないアウトプットになったということ自体もまた記録としては有用である。成功の記録だけが残っていては意味がない。

などと思うけれどももう消してしまったのでしょうがない。

元々よりプライベートなことなどをいろいろ書いていたテキストがあり、そこから個人名や具体的なエピソードなどを取り除いて抽象的な文章をLLMを使って作った。

それをもとに流し読みして、その上で自分の考えとしてまとめ直して書いてみる。そういうことをやった。

しかしこれがうまくいかない。今回はさらに一つ別のタスクがどうしても今気になってしまう、気にせざるを得ないものがあり、それがさらに悪影響を与えていたようにも思う。

具体的に何を書いていたのかというと、期待についてだ。最近期待について考える機会があった、から始まるテキストだ。

私はおそらく期待との向き合い方がうまくない。しかし期待というのはそもそもあらゆる場所に存在する。あらゆる関係性、と言いたいところだが、例えば石ころと石ころの間の関係性には期待はないだろう。だからなんだろう、意思のある存在同士の関係性の中には常に期待の問題が存在する。

期待の問題が存在する、としたのは、期待が存在するとは限らないからだ。もしくは、期待=0として期待という概念は存在するがそれがゼロまたはマイナスということもあるというように考えると良いのかもしれない。

とにかく人と人がいるとそこには期待がある。ただこの人と人、というのは必ずしも一対一ではないこともあるだろう。例えばあるチームのマネージャーと、その構成員がいたとする。構成員にとってはリーダーとは1たい1で向き合っている。しかしマネージャーにとっては1対Nである。

この辺はリモートワークでよりややこしくなったように思う。いや、リモートワークというよりは、ハイブリッドワークか。

2024-08-10

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