書く実験の記録

#459 翻訳の限界、脆弱性と適応力、そして内省の旅

最近の文章の内容を10くらいかな、まとめてChatGPTに食わせて、改善点を述べさせてみた。これがなかなか面白くて、いやこれは悪い意味での面白さだけれども、的を得ている部分もあれば、「最後を疑問の問いかけで終わりましょう」みたいな、「いかがだったでしょう?」で終わる数多のスパムブログではないかそれはみたいなアドバイスもあった。

話は変わるが、反脆弱性という本を昔読んだ話。銀行員とタクシー運転手の話が出てきていた気がする。銀行員は大きな企業にいるので小さな変化には強い。しかし破壊的変化が起きた時に終わる。一方でタクシー運転手(これは日本のイメージのタクシー運転手とは違う可能性はある)は小さな変化に揺られてしまうが、破壊的な変化で生き残ることができる、それに合わせて変化することができる、みたいなことだったように思う。違ったかもしれないが。

また話は変わる。頭に思い浮かんだことを書いているだけだな、今回は。日本語の「着る」には動作と状態が含まれていて、裸の状態から服を着るということにも使えるし、着ている状態にも使える。しかし英語の「wear」は裸から服を着る時には使えず、それは「put on」で、今着ていることについてはwearを使えるということだった。put onじゃなかったかもしれないが、とにかく意味合いが違うという。

日本語と英語は、いやあらゆる言語は、なんとか似た単語を繋げることで翻訳をしてコミュニュケーション可能にしているが、上記のようなずれが無数に、あらゆるところで存在する。だから本当にそのまま翻訳するということは原理上不可能であると。

また話は変わるが、以前書けていたような、自分がもう少し、せめて自分だけは、もう少しこれはちょっと興味深いと思える文章を書けるようになるにはどうしたらいいのか。少なくとも今日のやり方では無理だろうな。じゃあどうしようか。

というようなことを書いたところで、この文章をChatGPTに入れてみて、改善点を出させてみた。

話題が飛びがちだよ、というのはわかっていてやっているのでまあ良いだろう。自己反省的な、内省的なトーンが続くと読者から閉じた印象を持たれるよ、と言われてそれはまあその通り。

もっと前向きに、どうしたらいいかみたいなアクションに言及すれば、積極的な展望が生まれます。と書いてある。ある程度は従ってみよう。やりすぎるときっと気持ち悪い。

2024-08-16

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