書く実験の記録

#480 欠如の中にある力

エディタを開く。目をつぶる。そして自分の内面から浮き上がってくる言葉を…と言いたいところだが特に何も浮き上がってはこない。出てくるのは昨日会ったことや昔あった嫌な出来事ばかりだ。人間は嫌な出来事の方を強く覚えているというのをどこかで読んだ気がする。一次資料を探すことは今はしないが。まあなんかそういうのがあったように思う。

話はとぶ。最近思うに、何かが得られない、何かが与えられない、ということを何かの関係性において感じる時に、ではそれをどうするのかということになるだろう。結局はどのくらい与えていて、どのくらい得られているかでその気持ちは決まるのではないか。

得られている量は他社のことなのでコントロールできない。と言いたいところだが、まあコントロールできないにしろ、では売り上げは他人から出てくるお金だからコントロールできない、と全てを諦めてしまうのはおかしい。こうしたい、そのためには、と施策を講じるだろう。

さらに話はとぶ。何か、数字が出ていて、その数字を説明する。こういうことでしたと。でも必要なものが何か足りないように思うことがある。何のための数値なのか。

なぜその数値になっていると考えているか。それに対してどう考えているか。どうしていきたいか。そのために何をするのか。そこが知りたいのだと思う。

話は戻るが、ないよりはマシ、ということを思うことがある。ベストではないがベター。ベストではないと思うとしんどいが、ないよりはマシじゃないか、と思うと確かに、その通り。ない方がいいか、というとそんなことはない。

2024-09-08

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