書く実験の記録

#485 断言すること

WordPress で作っている別のドメインの方にこのテキストを移動しようとし始めたから結構な期間が経っている.結局今でも両方を同じ内容で更新してしまってしまっていてあまり良くはない.Google なども同じ内容が別のドメインに投稿されていたりするのは確か 悪い評価をしたりするという風な記憶があるので 早くやめたいものではある.

ところは色々な問題があって当初想像していたもの想定していたものから実際にやってみると問題が発生したりしてうまくいかないことというものもある.それに対しての何と言うか対症療法的な対応が現在のものであるということになるだろう.

書いていて思ったのだが非常に冗長である.例えば対症療法的な対応が現在なものであるということになるだろうという文章は対症療法的な対応だ,だけで終わってもいい.

意味は通じるはずだ.けれどもそこにまあいろいろなこうごまかしやその言い訳というか断言をしないということによって何かも守ろうとしてるのかちょっとよくわからないけれどもそういうとにかく冗長な表現になっている.

断言するというのは危険だし勇気がいることだけれども大事なことだという.まああまりにも何でも断言してそれで周りがこうすごい見たくなってるのは私としてはあまり良くない事例も見ているのでまあそんなことにすなわちすぐにこう騙されてしまうというかほだされてしまうというかそのことをすなわち高い評価をしてしまうというものは勘違いをする可能性もそれなりにあるんだと思う.

力がある勘違いをさせる力があるのは事実であってだから断言をする人というのはとにかくまあそういうのが好きな人も多いし仕事の場でも何か信頼を得たりとかそういうことはある.

断言して間違っていたらきちんと修正してまた次に向かえばいいっていうのはあるけども,それにしてもそのようなコミュニケーションが常に適切に行われるわけではないので結局のところまあ気にしないか勇気があるかどっちかということになるだろう.

久しぶりに音声で入力を試しているがこれはなかなかやっぱりどんどんと文章量が増えていく.同じ時間内に入力できる量というのは間違いなく音声入力のが多いだろう.そういうことはやはり仕事というか日常においてもできるだけ音声入力を使う方が利得が高いということになる.何かを何かに変換する時間というものはそれ単体で言うと無駄な時間なのでどんどん減らせればいい.

ただここについて難しいのはそれ単体で言うと無駄な時間なんだけれども例えば人間がこうやって音声で入力をしている時間について言うとその間に考えながら入力をしているということになるのでその入力のための違うな考えるための時間がキーボード入力よりも短いということになるのでより中身は空っぽな文章になりやすいという傾向を私自身は感じている.

2024-09-13

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