書く実験の記録

#506 遅さが生む表現

AIにタイトルをつけさせると何故か必ず「ホゲホゲ – ふがふが」みたいな形式にしてくる。サブタイトル的な?たとえば「手癖がもたらす文章の限界 – 自動的な執筆とその影響」みたいな感じだ。

もちろん、そういうのはやめろ、と明示的に指示したらそれは無くなるのだけど、そうでない場合は「必ず」そうなる。そうなったりならなかったり、ということではなく必ずそうなるのは、かなり強くそういう学習がされている。

何としてタイトルをつけるのか、という指示にもよるとは思うが、結構いろいろ試したけどそうなっている気がするな。今すぐに試したものをリストアップすることはできないけど。

話は変わるが、遅さについて考えている。今の時代、スピードが求められる。非常に求められる。もっと早く。もっと速く。早いタイミングから始めて、速く行えば、最速で結果が出る。結果が出る、というのは成功するということではないけど、失敗なら失敗で結果が出る。あと早いタイミングから始めて時間が確保できたら、たとえば10時間あったとして、1試行づつを10時間でやるより、1時間でやると10回やれる。何か作るなら10個作れる。

これは非常に効率主義だし、いわゆる生産性重視ということになる。計算上は確かにそうなんだけど、でも人間という物理的限界はどうなる?ということを考える。限界は多くの場合、人間側にあるのだと。

たとえば、音声入力よりキーボード入力の方が遅い。でもその遅さによって、人間がほんの少しの時間だが考える時間が増えて、少しだけ良い文章を書けるようになる。これは遅さだけど、それに人間が助けられている。

2024-10-06

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