書く実験の記録

#531 見えない価値と未収穫のもの

うん、さて何を書こうかなと思って考え込んでしまった..何を考えていたんだろう.今となっては思い出せない.何かを考えていたことは覚えているんだけれども実際に何を考えていたのか全く覚えていないという考える時間というものは何か変な感じがして面白い.

ちょうど最近友人と話していたことで意味がないこととか価値がないことについて話す機会があった.つまりどういうことかというと何だろうな.また全然別のこと仕事のことなんかを思い出してしまった.今日はどうも考えが3万で思考があちこち行っているなという感じがする.

話を戻すが意味がないとか価値がないということについて何を考えていたか.つまりこれはつまり価値がないとか意味がないというのはそのもの自体ではその判断はできなくて必ずそれを評価する何かがあるということだ.

もっと言えばそれそんなもの自体とはあまり関係がないということだろう.

そしてその評価をする視点というものとか切り口というものは常にたくさんあるしそして時間によっても変わるということだ.から今この瞬間意味がないもの自分にとって意味がないものだとしても別の何かにとっては意味がある価値があるかもしれないしまた自分にとっても1年後10年後には価値があるかもしれない.

それが全ての支店を鑑みて本当に何も価値がないのか本当に全く何もないのかということを自分自身が検証できているのか全てを知ることができているのかそれとはもちろんそんなことはない.全てを知ることはできない.我々は常に不完全な情報の中で何かを決めるしかない.不完全な情報と足りない時間の中で何かを決めるしかない.

進化と適用の結果我々はどこに向かうのかただそこにあり続けるということそれのみを目的として存在して繁殖していく生命というものがそのプロセスこそが目的であるわけだけれどもじゃあそれでどこに行くんだろうなっていうのはなかなか虚無を感じる.

話は戻すけれどもo今価値があるって分かっている事っていうのはもう自分にとって収穫済みであるというか収穫をもうするぞということがわかっている状態であってそれはもう貧しいものだなと思う.つまりもう可能性が閉じている.

今はまだ何の価値があるかわからないものというのはまだ可能性が開かれている.もちろんそのまま価値がないかもしれないし価値が生まれるかもしれないし自分が見えてないだけかもしれないし.永遠に収穫だけをすることはできないのと同様に永遠に種まきだけをすることもできないけれどもいずれにしてもどちらも必要なわけでであるならば収穫だけをしていてはいけないということは明確.

ずっと考えているような気がするが同じようなことを.

2024-11-12

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